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羊とメトニミー

伏流水のなかに棲んでいる

これから沖縄で遊ぶ人に読んでもらいたい備忘録 -ご飯編-

3. ご飯編

 

さて、沖縄備忘録最終回はご飯編です。

 

-3.1 安くておいしい公設市場ご飯

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・公設市場がなんとなく似合う男

 

公設市場とはいわば食材を売る市場のことで、海産物から豚の頭まで、沖縄の名産物といわれるものはだいたい何でも売っている。国際通りから一本商店街を入った中にあり、2階建ての作りになっている。

 

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・豚が生きている姿と限りなく近い形で売られていたり

 

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・謎の海藻が山積みになっていたり

 

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・水槽からはみ出さんばかりにすんごい色のエビがいたり

 

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・すんごいお値段の石垣牛がいたり!

 

食材屋通りの隙間には飲み屋や飲食店が並ぶ。わたしたちが沖縄について最初に食べたご飯は、公設市場の390円のソーキそばだった。

 

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・390円ソーキそば 肉がデカい もともとは350円だったんだね…

 

東京人の感覚でいくと390円なんて絶対に有り得ないのだけど、大変おいしいソーキそばだった。田舎さんというお店で、おばちゃんが一人でテキパキ切り盛りしている。ここのソーキそばは食べる価値ありです。

 

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・店内の掲示物が手書きばかりで好感度が高い

 

 

他にも市場内には1階で魚を売って2階で調理してくれるお店なんかが多い。お値段を聞いたら魚1匹23000円で、調理代500円を払うと2階で好きなように調理してくれるらしい。2日目のシュノーケリングのときに、インストラクターのおっちゃんに「そういうパフォーマンスにお金を払いたい人なら買ってもいいと思うよ」という誠に的確なアドバイスを頂いた。

 

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・こいつら慶良間の海の中で見たぞ

 

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・これは市場内で300円で買ったまぐろのお刺身。二人で食べて大満足の量。

 

公設市場の食材屋、特に海鮮物や肉を売っているところは本当に愛想がなくて痺れる。日本にいながら売っているもの(どうやって食べるのかすら分からない)も雰囲気も日本じゃないような空気を味わえるのも、ここの魅力の一つだと思う。国際通りの商業めいた雰囲気も好きだけど、個人的には商店街をフラフラした後に公設市場でいろいろな食材屋を冷やかすのがとても楽しかった。

 

 

-3.2 乱立するステーキ屋

 

残念ながら写真を撮り忘れてしまったけれど、沖縄にはとにかくステーキ屋が多い。犬も歩けばステーキ屋に当たる。国際通り周辺を100歩歩けば必ずステーキ屋が見つかる。そしてステーキ屋はだいたい朝5時までやっている。地元の人曰く、「沖縄の人は酒が好きだけど、飲んでいる最中にほとんど何も食べない。だからお腹が空いてステーキを食べるんだと思う」とのこと。お腹が空いた沖縄人のためにステーキ屋ができたのか、ステーキ屋があって沖縄人が行くようになったのかは分からないけれど、ともかくステーキ屋がある。

そしてはてしなく安い。もちろん高級な石垣牛やアグー豚などを出す店もたくさんあるけれど、チェーンでやっているステーキ屋はサラダ、ライス、スープの食べ放題がついてステーキ200グラム1000円でやっている。肉は間違いなくおいしい。

 

ファミレスでいうところのサイゼリヤやジョナサンのように、ステーキチェーン店も何種類かあって、高い肉も安い肉も売っている。肉だけでなくロブスターを提供しているお店も多かったけれど、ヤツは小ぶりの半身ですら1800円するので社会人になってからのお楽しみにしようと思った。

食べログを見る限り深夜の沖縄ステーキ屋は荒れるらしい。考えてみれば40度超えの泡盛を入れた飲んだくれが騒ぐのだから、おそらく深夜1時の歌舞伎町と治安は大差ないだろう。治安のよいステーキ屋を求めるなら、21時までに入店したほうが良さそう。

 

 

-3.3 ビュッフェノススメ

 

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・写真が下手だけど5日分くらいの野菜を食べた図

 

沖縄に行ったら大衆ビュッフェとお高いビュッフェの両方に行くと良い。3日目の夕方、商業複合施設のようなビルの上にあるあまり高くないビュッフェに行った。名前は忘れたけど、1600円で沖縄野菜のサラダバーや数々の沖縄郷土料理、3種類くらいのご飯や汁物、麺類、しゃぶしゃぶ、和洋中を取り揃えたおかず、更には甘いものやチョコレートフォンデュが食べ放題、たくさんの種類の飲み物が飲み放題というとんでもない天国だった。野菜が不足しがちな我々は真っ先にサラダボウルに5日分くらいの野菜を盛ってさまざまなドレッシングをかけた。おいしかった。

ビュッフェを勧めたいのは、いろいろな種類の沖縄料理を一気に食べられるからだ。沖縄料理には、ゴーヤチャンプルーとかにんじんしりしりとか、「お金を払ってそれ単体だけを食べるのはなんとなくコスパが悪そうなもの」が多い。なぜなら、たいていが家庭料理だから。ソーキそばや沖縄そばなんかは各所でおいしさと安さを競い合っているので良いのだが、いかんせん沖縄の料理は種類が多いこともあり、「一品だけ」を頼んでお金を払うと肩透かしを食らいがちである。だから、こだわりのある料理以外はビュッフェで一気に食べたほうが満足できるのではと思う。

 

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・センスの欠片すらないハラペコの盛り付け。でもJALプライベートリゾートだけあって最高においしかった

 

高いビュッフェは高いビュッフェでたのしくておいしい。ホテルのレストランで食べるビュッフェはやはり味のレベルが高いし、オシャレだから見るのも選ぶのも楽しいし、国際通りや公設市場で「高級品」の札が貼られている食材なんかがぽんぽん出てきたりもする。これは沖縄であろうと東京であろうと変わらないことだけど、良いところで良いものを食べると自分がイイ感じになれる。それが海のきれいな沖縄というだけで特別感が数割増しになる。つまるところ、沖縄に来たらビュッフェに行こうという話です。

 

 

-3.4 地元食堂ノススメ

 

今回予期せずわたしたちが盛り上がったのは「地元の食堂探し」だった。と言っても実際に入ったのはほんの数軒だったけれど、美栄橋や県庁前の周辺はビジネス街ということもあり「ここ、中どうなってるんだろう…」と気になる食堂がたくさんあった。外観を見て回っているだけで楽しい。ヤのつくひとが弁当を大量に買っていった24時間営業のだだっ広い食堂、食品サンプルが変色して崩れ落ちているけれど店内は賑わっている食堂などなど。

 

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4日目の夜に立ち寄ったこちらの食堂。ご主人が石垣島の出身で、いまはほとんど石垣島でしか採れない香辛料をつかった沖縄そばのような麺を出していたのだけど、本当に本当においしかった。

 

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翡翠麺に近いような色の麺。あっさりしているけれど香辛料の香りがしっかりしてたいへんおいしゅうございました

 

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・ご主人 とても熱心にいろいろな話を聞かせてくれる

 

この香辛料は毎年ご先祖を迎えるときに必要なもので、今でも石垣島に行けばどの家の庭にも植えてあるらしい。昔は沖縄本島や諸島でもその習慣があったけれど、今では廃れて石垣島でしか育てられていない。胡椒のような辛味とさわやかな香りがあって、乾燥させてすりつぶせば身体の冷えや鼻炎によく効く。昔のお母さんたちは冬場の洗濯物をするまえにこの香辛料を食べて、身体を温めて洗濯物をしていた、というめちゃめちゃおもしろい話を聞かせてくれた。

 

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・「本島の人は今作ってないけど、うちは店の外で育ててるのよ」とわざわざ外まで見せに来てくれた

 

 

しばらくしてわたしたちの席の隣に来ていた団体が「三線を貸してほしい」と言い出し、そしたらご主人が出てきて弾いて歌ってくれた。みんなで三板(さんば)と呼ばれる楽器を借りて三線と一緒にカラカラやったりしてすごーーく楽しかった。

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三板の鳴らし方も教えてくれた

 

沖縄の地元食堂は入り口が狭かったり店内が暗めだったりと一見入りづらい雰囲気のところも多いけれど、ご飯はおいしいし何より店内で起こるいろいろなことがとても楽しいので、ぜひ寄ってみてほしい。フレンドリーで親切な人が多いため、興味があれば沖縄の郷土料理や伝統芸能のことなどを訊いてみるのもいいかもしれない。「おじい、おばあ」と呼ばれるおじいちゃんおばあちゃん(おじちゃんおばちゃん)世代の人の話は本当におもしろい。沖縄の食堂はご飯を食べに行く場所というより、島の人と空間を共有できる場所なのかもしれない。

 

 

-3.5 沖縄のご飯はおいしいのか論争

 

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・ダイビング後のおしゅし

 

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・サーターアンダギー安くてうまい

 

結論、おいしい。インターネットでよく「沖縄のご飯はおいしくない。お金を出して食べるほどのものではない」という意見が見られるが、そんなことなかった。ソーキそばは出汁の旨味がすごいし、ちゃんとした寿司屋ではちゃんとした寿司が出てくる。にんじんしりしりは次行ったら絶対にまた食べたいし、てびちーやラフテーのポテンシャルはめちゃめちゃ高い。同行人いっちゃんはジーマミー豆腐が好きになったし、わたしは豆腐ようのファンになった。ブルーシールアイスは渋谷のジェラートよりおいしかったし、国際通りに行けばほぼ毎回揚げたてのサーターアンダギーを食べた。

 

「おいしくない」というのは、単に味覚に合わないというだけでなく、「払った金額に見合う満足度を得られなかった」という気持ちからも生まれると思う。たしかに高級ホテルに泊まってそこのビュッフェで沖縄料理ばかりを期待して取ってくれば「これは…」となるかもしれないな、と思った。高級ホテルレストランと相性の良い料理はそんなに多くない。

 

沖縄はご飯に限らず全体的に物価が低めだ。学生旅行で食べるご飯、言ってしまえば、「お金はそんなにないけど沖縄を味わいたい」というひとと沖縄料理はとても相性が良いのではないかと思った。こんな安さでこんなにお手軽に郷土料理が食べられる!しかもうまい!という感動がある。そういった文脈もわたしの「おいしい」にはかなり加味されたように思う。

 

 

4. おわりに & 番外編のおまけ写真

 

沖縄行けて本当に良かったです。わたしが普段遠出をするときはもっぱら「山に登る」という目的がある場合が99%で、純粋に旅行を楽しむ遠出はとてもひさしぶりだった。単純に何かが見られて楽しかった、どこかに行けてよかった、ということではなく、毎日想像を遥かに超えた体験ができたのが本当に楽しかった。

 

「沖縄旅行」というと、どうしても安全地帯で観光をするだけに留まってしまいそうなイメージで、実際に自分が高校2年生のちょうど今頃に行った修学旅行がそうだった。名物コース、ハズさない遊び場、学びがありそうなコンテンツ。そういった「適度に楽しめるよね」というものを一方的に押し付けられたような気がして、あのときは、正直心の底から楽しむことができなかった。けれど実に5年ぶりに沖縄を再び訪れて、メインイベント以外は何も決めずに、文字通り行き当たりばったりで沖縄を楽しめたのは、間違いなく今後の自分の旅行の在り方に大きな影響を与えるだろうな、と感じた。どうやってその地を楽しむのか、その地を空気を味わうとはどういうことなのか、どういう場所に行くとおもしろい情報が手に入るのか。体感でしか習得できない嗅覚みたいなのを培えた旅でもあったと思う。というわけで、これから沖縄に行く方々、ぜひとも観光コースを外れて自分で好きに計画を立てて遊びに行ってください。とは言え沖縄はほとんどの場所が観光地で、観光客が少なくともひとりくらいはいます。どんな場所をどう組み合わせてどう楽しむか、その過程を楽しみながら、よい旅をしてください。

 

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同行人いっちゃん、お世話になりました!ぎゃお〜

 

 

おまけの写真たち

 

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・310円でブルーシールアイスをとにかくモリモリ乗せまくってくれるおばちゃん

 

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ブルーシールアイスおいしいの顔

 

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・道端で三線を弾いていたおじさん。唄もうまい。素敵ですね!と言ったら「独学で3ヶ月前に始めたばっかり」とのことでびっくり。3ヶ月で路上ライブを始める自由さがすごくいい

 

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・公設市場で売っていた謎ショートケーキ。たぶんショートケーキじゃない。色がアメリカン

 

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・コンビニで見つけた泡盛コーヒー。インターネット情報によるとおいしいらしい。

 

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・沖縄のファストフード店はA&Wという店が一般的なようで、そこはルートビアが飲み放題なんだけど、ヤツの味は本当にやばい。通称「飲むサロンパス

 

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・デザイナーが見たら発狂しそうな駐車場の看板

 

 

これから沖縄で遊ぶ人に読んでもらいたい備忘録 - オキナワアクティビティ編-

 

2. オキナワアクティビティ編

 

-2.1 首里城はスタンプラリーがすごい

 

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・どどーんと首里城かっこいい!!!

 

さてさて昨日に引き続き、今日は旅のメインアクティビティ編です。

 

到着初日の午後に訪ねたのは那覇の観光名所として名高き首里城。赤いでっかいお城。お城そのものだけでなく、首里城一帯のエリアをお散歩するのがとても楽しかった。

首里城へはゆいレールの終点である首里駅から徒歩15分ほど。駅からバスもあるけれど、散策がてら歩くと色々なお店が見られて楽しい。

 

 

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・途中、たこやき10200円、天ぷら1つ30円で売っているお店に寄った

 

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・おっちゃんが一人でやっている。帰りに天ぷら一つ買ったらもう一つおまけしてもらった。30円で芋天2枚という価格の破壊力

 

もし億劫でなければ、事前に中国建築と中世の日本の寺院建築について、サラッと知識を入れておくとより楽しめると思う。首里城の造りは中国と日本の建築様式を融合させた琉球独特のもの、という解説があったのだけど、ここが日本式!とかここが中国式!ということが分かればより味わい深かったと思う。

 

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・城壁が皇居みたいだけど、皇居と違ってとても綺麗に石の形が整えられている

 

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・縁側がありそうでない絶妙な高さと開け具合 内部の造りは完全に和室なのに、屋根のオレンジが鮮やかでおもしろい

 

で、首里城は敷地内にスタンプラリーがあるんですけど、これがめっちゃ楽しい。スタンプがある箇所からさらに奥に続く道へ進んでみると、思いがけない絶景スポットに辿りつけたりする。城壁から少し離れたところで城や街を眺めると、内側の雰囲気とはまた違った趣があってたいへんよい。

 

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・一番大きな正殿だけでなく、城内の建物すべてが見渡せるポイントとか

 

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・謎の鳥が大量発生しているポイントとか

  

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天空の城ラピュタみたいなポイントとか!

 

 

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・こちらがゆいレールの1日乗車券

 

首里城に行くならゆいレールのワンデーパスをオススメする。24時間ゆいレール乗り放題で700円。首里以外のどの駅でも下りられるので、空港(ワンデーパスを買う)→宿の最寄り駅(荷物デポ)→首里→ご飯のおいしいお店の最寄り駅→宿の最寄り駅みたいな使い方をすれば半日で勝ち組です。

沖縄の切符改札って面白くて、切符下部にある四角いQRコードを改札の読取機にかざして通る。東京にはないハイテクぶりに興奮した。

 

 

-2.2 慶良間諸島シュノーケリング

 

滞在2日目はシュノーケリング。メインイベントだったため起床即超ワクワクだった。

今回お世話になったのはシーマックスダイビングクラブさん(http://www.seamax.co.jp/) 朝7時半過ぎに宿まで車でお迎えに来ていただき、20分ほど走ったところにある港からすぐ船に乗って慶良間諸島に向かった。一回店舗などに寄って説明などを受けるのかと思いきや、あれよあれよという間に船に乗せられウエットスーツを渡される。

 

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・船の内部はこんな感じ おおきなベッドに乗っかって他の参加者さんやインストラクターさんとみんなで海に向かう

 

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・ウェットスーツは暖かいけど脱いだ瞬間寒くて心が死ぬ

 

1日目は首里城国際通りしか行かなかったので、沖縄で初の海。慶良間諸島の海、めちゃくちゃ青い。それからめちゃくちゃ広い。青いというだけでは足りない。青さに太陽の金色が含まれて、魔法の水みたいだった。

 

 

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・遠浅の海が青い青い!

 

船はだっぱんどっぱん揺れる揺れる。普段乗り物酔わない人も酔い止め薬は必須だけど、酔い止めはすごく眠くなるので、飲む量は気をつけたほうが良い。

あと、一瞬のことで写真は撮れなかったが、なんと野生のクジラに出会った。最後に一瞬ひるがえった尻尾は確かにクジラのそれで、本当に海にクジラっているんだな〜とジワジワ感動した。

 

シュノーケリングというと浅瀬でメガネをつけてぱっちゃんぱっちゃんやっているイメージがあったけれど、今回は昼ごはん挟みつつ慶良間諸島3つのダイビングポイントを周った。泳ぐポイントの水深は数メートルで、深いところとなると10メートル超えのところもあるので、水泳が苦手な人は最初少し怖いかも。でもウェットスーツは浮くし、シュノーケルをくわえていれば呼吸はできるので問題ないです。

 

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・ウェットスーツに着替えてフィンとシュノーケルをセットしたら、船の後ろからそのままダイブ。当たり前だけど足がつかなくて楽しい。水に吸い込まれそうになる。

 

沖縄に来るときは必ず海に潜ろう!と決めてしまったほど、海の中は楽しい。普段陸地で生活しているせいで、海の中の生きもの、色、音、匂い、動き、ぜんぶが楽しくて珍しい。海の中を見ながら静かに泳いでいると、次第に波と身体のなかにあるリズム感が揃ってきて、地上では絶対に味わえない「あ、人間は海から生まれたんだな…」という心地が訪れる。珊瑚、魚、水、水、水。サメとかイカもいた。大量のナマコもいる。

 

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・今回3本目に入ったポイント 近くは無人島ばかりだけど、ひとつだけお年寄りが5人暮らしている島があるとか

 

それなりに体力がある人は沖縄に来たらぜひ海に入ってほしい。次は絶対にダイビングしたい。

 

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・船はグオーっとすごい音で風を切って進むが、実は原付より遅いらしい。遠くにうっすら見えるのがさっきの慶良間諸島

 

 

-2.3 久高島を歩く

 

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KU・DA・KA・ZI・MA!!!!!地球は青かった!!!!!!!

 

3日目は東にある久高島という離島に行ってきた。ここは事前に行こうと決めていたわけではなく、出発前夜に母から「沖縄ね~久高島いいよ~。なにがいいかよく分かんないけどいいんだよね~」という語彙のないリコメンドがあり、3日目の予定だけもともと空けてあったため行ってみた。結論、めちゃめちゃよかったです。

 

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・港にいるお船みんなかっこいい

 

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・港に向かう道にデカい目立つ小屋があって、メエ〜メエ〜って聞こえるから中を覗いたらこれです

 

那覇の都心からバスで1時間、安座間サンサンビーチのバス停から歩いて5分ほどの港に向かい、そこから高速船に乗って15分ほどで行ける。交通費は都心から往復で2500円ほどなので、コスパ良く静かな海を半日か丸一日眺めたい人には絶対オススメしたい。

 

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・これに乗ったわけじゃないけど、米津玄師の歌詞に出てきそうな船だなと思った

 

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・ちょっと曲がっちゃったけど到着!

 

久高島は人口200人程度の静かな小さな島で、住んでいる人は祈りや信仰、祭禮と非常に強く結びついた生活を送っている。本当に静かな島だった。最南端の岬に向かう道の両側はジャングルのようで、風の音すら届かない。

 

港近くにいくつか貸し自転車屋があるが、料金を見てみたらどこも3時間1000円という強気な価格設定だったので、「往復で7キロくらいなら歩くか」という結論に達した我々は歩きました。暑かった。暑かったけれど、道中牛の小屋や小さな住宅街でねそべる無数のねこ、誰も来ない白浜の海などを見つけられたのでよかった。

 

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・久高島猫見つけられるかな

 

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・暑さとの戦いが始める道 日を遮るものが何もない

 

港付近以外はトイレや自販機、売店などが一切ないので、特に歩いて島を縦断する人は水分補給と菓子パンやおにぎりの装備をしっかりしていったほうがいい。

 

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・ジャングル一本道をひたすら歩いていくと…

 

 

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・カベール岬の海だ〜〜〜〜〜!!!! この景色を独り占めできる

 

港から歩いて1時間弱でカベール岬という最南端の岬につく。ここから眺める海は、いままで見たことのあるどこのどんな海よりもうつくしかった。岩がゴツゴツした地形なので、ここを歩くときはサンダルより運動靴の方がいい。岩の先に座っていると、身体の中に海の風と波の音がどんどん流れ込んでくる。

 

 

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・さっきのジャングル道を突っ切ってみたらこんなところに

 

カベール岬以外にも、メインの道を外れたところにある秘密基地のような浜を探すのも楽しい。自転車を借りる人はたいていカベール岬にしか来ない。徒歩で移動していると、誰もいない浜辺をふと見つけたり、御嶽(ウタキ)と呼ばれる島の人たちの祭禮の空間を(外側からだけだけど)見たりすることもできる。自転車だとどうしても見飛ばしがちになるので、時間があれば徒歩での散策をぜひオススメしたい。

 

 

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・港近くの売店で売っていた花豆シェイクなるものがとてもおいしかった顔

 

 

 

-2.4 本島最北端へ

 

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・北部は山と森のスケールがでかい

 

観光できる最後の日であった4日目は、バスツアー(http://www.jumbotours.co.jp/okinawa-hip-hop-bus/japan/course_c.html)を利用して本島北部に行ってきた。大石林山と美ら海水族館に行きたかったのだけど、那覇周辺からレンタカーで行くと2時間近くかかってしまう。そしたら都合よくその2つと本島最北端の辺戸岬を廻ってくれるバスツアーを見つけ、即決で予約した。すべての観光地の入館料とJALプライベートリゾートホテルの昼食ビュッフェ付きで一人8000円というお得さ。レンタカーを借りて高速代を払って入場料やお昼代も…と考えると圧倒的にコスパが良い。ツアーといってもバスに添乗員さんが2人同乗してくれるだけで、現地についたらすべて自由行動だった。ツアーの進行上、辺戸岬や大石林山にあまり時間をかけてもらえなかったのだけが心残りだったけれど、そもそもレンタカー特攻でその2つのポイントを目指すのがけっこう無謀だったので(次の日の飛行機が早朝発で5時起きだった)行けただけでも満足だった。

 

 

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・中部や島々の海とはガラッと雰囲気が変わる

 

最北端の辺戸岬は、大きな尖った岩の甲羅を持つ動物の背中のような、不思議な地形をしていた。断崖絶壁下には透けた水色の波が押し寄せているが、遠浅の海は青と灰色の混ざるような色で、照り返す太陽がひたすらまぶしかった。

 

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・ここはどこの惑星?

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・岩がみんな青くて動き出しそう

 

観光スポットとしてはアクセスの悪い場所にあるせいか、人影もまばら。飲食店などもほとんど近くにないので、途中通る大宜味村あたりのローソンなどで水と食料をちゃんと準備していく必要あり。海に向かって広がる岩場の地形はすごく面白いので、2時間くらいは楽しくいられると思う。大宜味村あたりの海もものすごく綺麗だったので、今度来たときは大宜味村に泊まりたい。

 

 

-2.5 地を這うほうが楽しい大石林山

 

辺戸岬から車で10分もかからないところにあるのが大石林山。いわゆるパワースポットとして観光地化しようとしているけれど、神秘的な雰囲気というよりはちょっとしたジャングルのトレッキングが味わえる小高い丘のような感じ。コースが4つあって、美ら海コースという、展望台から北の海を一望できるコースがメジャーなようだった。

 

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・高いところから見ると地球がぜんぶジオラマみたいね

 

海もジャングルも見られる絶景コースで、道中色々な岩がズンズン地面から生えていておもしろい。名前もおもしろい。撮るとイマイチ迫力がなかったので写真はあまりない。

 

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・岩ドーン

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 ・岩ドドーン

 

美ら海コースもおもしろかったんだけど、個人的にはもう2つの亜熱帯の樹々の森を散策するコースと、岩が美ら海コースよりももっとたくさん突き出しているコースも散策してみたかった。時間の関係上、森のコースにほんの少し入り込んでみただけなんだけど、山から海を眺めていたときより、森に入ったときのほうが元気になった気がした。木漏れ日が気持ちいい。山やジャングルとひとつになったようなライブ感がある。残念ながら今回はご縁がなかったけれど、次に来たときはぜんぶのコースをゆっくり歩いて廻ろうと思った。

 

 

-2.6 ジンベイザメとマンタになりたい

 

修学旅行で美ら海水族館に行った記憶はあったんだけど、何がいたかあまり覚えていなかった。チンアナゴを見てみんなでギャーギャー言っていた気がする。

けれど今回再び訪れてみて、美ら海水族館の大ファンになった。あとジンベイザメとマンタの大大大ファンになった。

 

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・入場して初めて見る水槽。これは間違いなく海だ…!

 

美ら海水族館は、とにかく「海」の使い方が素晴らしい。入場ゲートを通って真っ先に目に飛び込んでくる水槽は、まさにシュノーケリングでわたしたちが見た海そのものだった。きらきらゆらゆら光る青くて青くて透明な水。小さな魚たちと珊瑚。あの海に飛び込んだ瞬間の気持ちが鮮烈に思い出されて言葉が出なくなった。海の水を引いて、水槽の上から太陽の光をいれているのがいい。入場ゲートを入って最初の水槽とジンベエザメとマンタの水槽がとにかくすごくいいので、ぜひ足を止めてみてほしい。(いいしか言ってなくてすみません。でもいいんだよ)

 

 

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・こんなに美しい生きものがこの世にいるのか

 

ジンベイザメとマンタが大好きになった。水槽がでかい。考えられないくらいでかい。水槽の厚さだけで我が家の壁の10倍くらい厚そう。でかい。人間が何人群がろうと決して抱えきれないほどでかい。そのなかをジンベイザメとマンタがふわ~んと泳いでいる。彼らは決して急いだり焦ったり焦らしたりしない。エサが撒かれればあっちへふわ~ん、向かいから大きなエイがぶつかってきそうになったらこっちへふわ~んと流れるように泳いでいく。「生きものの余裕」として圧倒敗北を感じた。また彼ら、顔が可愛い。体のフォルムも優雅だ。ジンベイザメは一口エサを食べるとき一緒に100リットルの水を飲むらしいが、咳き込んでむせたりもしない。水太りもしない。学歴とジェンダーとかももちろん気にしない。もういろいろと圧倒的にすごくて優雅で、彼らの柔らかそうなお腹のあたりに頬を寄せて泣きたくなった。

 

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もともと生きものや水族館が好きだけど、美ら海水族館でマンタとジンベエサメのことが本当に好きになった。

 

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また会いたい。でもあのスケール感で彼らに会えるのはおそらく美ら海水族館だけなので、次沖縄に来たときはまた美ら海水族館に会いに行くつもり。

これから沖縄で遊ぶ人に読んでもらいたい備忘録 - 序 & 宿、交通編-

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慶良間諸島水深の5メートルの海

 

卒業旅行のシーズンである。卒業旅行と言えば沖縄だ。もしかしたら海外や京都やどこかの島に行く人もいるかもしれないが、なにはともあれ沖縄である。

 

本当はこの冬、北海道で流氷の上を歩きたかったのだけど、車の免許がないと歩ける場所まで集合すらできないことと、冬の北海道は流氷ウォーク以外のアクティビティにおいてそもそも「出歩く」ということが誠に困難であるため、沖縄に海を見に行った。結論、沖縄に行ってめっちゃよかった。

 

沖縄、いいよ。すごくいい。「沖縄に観光」というと、国際通りの喧騒、屋根でニコニコしているシーサー、青い海、美ら海水族館で泳ぐ魚なんかを思い浮かべる人が多いと思う。確かに間違ってはいないけれど、それは修学旅行の楽しみ方だ。もうひとつ言えば、修学旅行では必ず平和祈念公園に連れて行かれて、夜は戦争を生き抜いたおじいちゃんやおばあちゃんから話を聞く会みたいなのが設けられる。あの夜、お話会にSlipknotのライブTシャツを着てきたOM美は元気だろうか。

  

 

そう、多くの人びとにとって「沖縄旅行」の記憶は修学旅行で止まっている。それかグループ旅行。一人旅や二人旅で沖縄に行ったという人はあまり見かけない。グループ旅行にありがちなこととして「歩きたがらない女子」というのがいる。疲れた~歩けな~いもうホテル帰ろ~?と言う。それから踏んだらチワワくらい簡単に殺せそうな高いヒールを履いている女子もいる。そしてそういう女子たちは大抵地元の地味な食堂には入らないし、離島を端から端まで8キロ歩いたりもしない。そういうわけでグループ旅行となるとどうしても行動が制限されがちになって、観光する場所は自然と「みんなが遊べる適度にハズさないアミューズメントが用意されている場所」ばかりになってしまう。

 

沖縄という場所は歩いて動き回ってこそ楽しい。本島を訪れるのは修学旅行以来だったけれど、今回の旅行でそう確信した。

というわけで、備忘録と「これから沖縄に旅行するよ!」というひとへの参考を兼ねて、今回の沖縄旅を雑に記しておく。特に「人が多い観光地を周るだけではつまらない」とか「アクティブに動くのは嫌いじゃない」という人は是非読んでみてほしい。「国際通り楽しいよね~☆海見に行きたいけど日焼けは嫌だな~☆お昼はおしゃれカフェでオーガニック食材100%のご飯を食べて、沖縄のスピリチュアルパワーを貰いたい☆」という女子には向かない記事なので、そういうひとはブラウザを閉じてほしい。

 

以下、

1. 宿、交通編

2. オキナワアクティビティ編

3. ご飯編

3つに別けてそれぞれ別記事としてお送りする。通して読めばストーリー仕立てだし、気になるところだけを読んでもらってもかまいません。お付き合いください。

 

 

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今回の同行人いっちゃん

 

 

1. 宿、交通編

 

-1.1 コストを抑える旅の術

 

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コスト削減の術において今回一番賢かったのは、間違いなくJALじゃらんパック(http://www.jalan.net/dp/jal/) を利用したことだった。これは簡単に言うと往復の飛行機と宿泊がセットになっているパックプランで、飛行機(もちろんJAL)の時間や宿は自由に選べる。もしかしたら宿によってはパックにできないところもあったのかもしれないが、沖縄で見た限りはかなりの種類の宿を選べるようだった。このプランのおかげで、往復の飛行機代+45日の朝食付きビジネスホテル代がすべて込みでなんと33000円。今回泊まった宿は普通に予約すると一泊5700円だったので、飛行機と宿を別々に予約する場合と比較すると宿代がほぼ浮いた計算である。すごい。すごすぎる。旅行サイトには早割やさまざまなキャンペーンがあって調べるのにはちょっと苦労するが、根気強く自分の旅程に合わせた割引プランを探してみると良いと思う。ちなみに今回利用したJALじゃらんパックは早割や学割などを利用したわけでもないので、本当にこのパックの力のみでこのお値段だった。

 

旅行において何にお金をかけるかというのは個人差がとても大きい。オーシャンビューやふかふかベッドにお金をかけたい人もいれば、美食の限りを尽くす人もいる。わたしは、一緒に行く人と楽しめるアクティビティに一番お金をかけるタイプだ。宿は小さなビジネスホテル、ご飯は地元の食堂や自炊でなるべく安めに抑え、日中の遊びに体力と財力のすべてを注ぎ込む。今回は予期せずご飯にちょっとお金を使ったけれど、沖縄は日常の料理そのものが普段食べないようなものばかりなので、いい思い出になった。

 

 

-1.2 宿の立地はめちゃくちゃ大切

 

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美栄橋駅の目の前 駅から出たら暑くてびっくりぽんちゃん

 

今回宿泊したのは、美栄橋駅の近くにあるビジネスホテル。宿について痛感したのは、国際通りと駅から徒歩15分圏内の宿は本当に便利だということだった。飲食店が多く、スーツケースを長い距離引っ張らなくてもよくて、海の方面に出るバス停などにも歩いて行けるからだ。

 

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ゆいレールの車掌さん 制服がすっごく素敵!

 

沖縄には「ゆいレール」という那覇空港から首里までを結ぶモノレールがある。というか、沖縄の電車はゆいレールしかない。国際通りに近い停車駅は「美栄橋」「県庁前」「牧志」の3つで、観光アクセスの良さを考えるとこの付近の宿をおすすめしたい。公設市場や盛り場からほんの一本ズレた通りにある地元の食堂なんかは本当にリーズナブルにおいしいものが食べられるので、この3つの駅付近で宿をとると、夜が遅くなってもご飯に困ることはない。また、南部や中部をメインに観光することを考えると、公共交通機関を使えばレンタカーより安くかなり遠くまで行けるので、バス停や駅はなるべく徒歩圏内であるほうが便利だ。

美栄橋と県庁前周辺の方が牧志周辺よりもビジネス街寄りで、ガヤガヤした雰囲気はそんなにない。牧志周辺は夜でも明るく繁華街のような雰囲気があるが、居酒屋などで毎晩飲みたい人にはいいかもしれない。

 

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・駅で見慣れない地名を見ただけで旅感高まるよね

 

 

-1.3 公共交通機関だけでだいたいの場所へ行ける

 

 

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・高い建物がないのでモノレールがジェットコースターみたいで楽しい

 

先ほども少し述べたけれど、北部と北部寄りの中部以外はかなり遠くの場所までバスで行くことができる。本数は行先によってまちまちだけど、国際通り周辺はとにかくバスが多い。レンタカーを借りるのももちろんアリだけれど、車の量が多く運転の遅い車が多いため、一般道はけっこう渋滞しやすい。レンタカー代や高速代、運転手の疲労度など諸々を勘定に入れると、バスは効率的な交通手段だと思う。

また、ツアー会社がホテルまで送迎をしてくれることもある。楽しみたいアクティビティが決まっているなら、あらかじめ送迎付きのツアーをしてくれる会社を探すと良いかもしれない。送迎エリアも地域が国際通り周辺に限定されている場合があるが、そうした兼ね合いから考えても先述した3つの駅付近に宿を取れば、基本的には送迎をしてくれる場合が多い。

 

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・沖縄はもう桜前線がきてます

 

 

>> 次回、2.オキナワアクティビティ編に続く

音もなく忍び寄るもの

 深夜は猛毒だ。栄養にならない字ばかり読んでしまう。10日前に立ち寄った店の食べログ、新聞に挟まっていた受験塾の広告、架空請求メールの文面。人生にとってどうでもよすぎる文字をひたすら目で追い続けながら、頭のなかではぼんやりと「アーー」という自分の声が響き続けている。

 深夜は猛毒だ。身体と気持ちと感覚のすべてが、いろいろな痛みと近くなる。背骨に張り付いている筋肉が縮んで疼痛を起こし、息がうまく吸えない。どうして同じようなことでまたうまくいかないのか、頭が悪いのか、生きていていいのか、と自分をいじめる声の再生ボタンを何度も何度も押す。目の前の空気が薄暗い陰の色に変わり、身体に触れるすべての刺激や触覚がピリピリと痛く、ときとしてはテレビ越しの話し声すら金属のように奥の方の神経に触れ、耳を閉ざして座り込みたくなる。誰かにやさしくそばで大丈夫だよと言って手を握っていてもらいたい甘えた気持ちと、誰にも指一本触れられたくない体を振り回すような乱暴な衝動が同時にあって、わけが分からなくなる。何かに支えられたいのに、何かに支えられるほど自分の身体は形をなしていない、泥のような、沼の底のような気だるさ。

 深夜は猛毒だ。刺激物に触れたくなくて、音楽もテレビも流さない時間を過ごしても、次第にそのしずけさがひたひたと骨や筋肉の隙間から圧迫してきて、耐えきれずにイヤホンで耳をふさぐ。一人にしてほしいのに、独りという実感が心臓にキュッと突き刺さる瞬間、居ても立っても居られなくなり、無意味に部屋の中をうろついたり、しきりに寝返りを打ったりしている。

 

 深夜は、猛毒だ。誰も彼も救いがない。痛みに呻く自分の声を、ただただ自分だけが聴いている。逃げるように眠り、魂を身体から遠ざける。静かに、沈んでいく。明日の朝を信じたくない気持ちを、夜だけが肯定してくれる。

 

 

眠れる森の美女(78)

 

おばあちゃんは、自分が眠ることを許せない人だった。だから、娘であるわたしの母が眠ることも許せない人だった。

 

おばあちゃんは今年79歳になる。おじいちゃんが77歳で亡くなったのは4年前。生まれ変わってもまた一緒になりたい、とまで言った祖父が死んだ歳を超えたとき、彼女は何を思ったのだろうか。

 

おばあちゃんは今も綺麗好きな、大変まめな人である。若い頃はバリバリの働き者だったという。朝は早くから起きて家人の食事を作り、会社へ行き、遅くまで働いた。40代半ばで自動車の免許を取り、スクーターで会社に通った。

毎朝、当時の母の自室だった離れ家の扉をどんどんと叩き「いつまで寝てるの!早く起きなさい!」と母を起こした。休日の午後に母が寝ていると、「また寝て!だらしがない!きちんとしなさい!」と怒ったという。

 

そんなおばあちゃん自身は、今もこたつで小一時間ウトウトしていただけで「やだ、わたしったらずいぶん眠っちゃったんね」と照れ笑いする。8時半に起きてくれば「今日は遅くまで寝ちゃった」と家中の窓を開けてせっせと身支度を始める。

 

そんなおばあちゃんにある変化があった。今年のお正月、母が群馬の実家から東京へ帰ってきたあとのことだった。

普段は猫以外住まわないような田舎に住んでいるので、お正月やお彼岸などでワッと人が集まったあとは、おばあちゃんはいつも疲れて体調を崩しがちになる。そんなときは大抵2日くらい家にこもり、寝込むこともなくまたもとの生活を取り戻していく。

しかし、今年のお正月は違った。三が日が過ぎたあと、おばあちゃんは家中の電気を落とし、窓と鍵をしめて、電話を留守番電話に切り替えて、パジャマに着替えて、三日三晩布団で眠った。ときおり起き出して軽い食事を摂る以外はとにかく昏々と眠り続けた。

 

母は「こんなこと初めて」と驚いていたが、続けて「でもよかった」と言った。

 

 

「どうしてよかったと思うの?」

 

「人はね、何かしらこなさなくてはならない課題をクリアするために生まれてくると思うから。たとえばあなたが人とのコミュニケーションのとり方に悩んで、それを乗り越えたように。若い頃はたくさんの壁にぶつかってそれをひょいひょいクリアしていくんだけど、歳をとってクリアする課題は、その人にとってものすごく高い壁だと思うの。おばあちゃんはずっと自分が眠ることが許せなかったけれど、やっとぐっすり眠れるようになったんだなーと思って。だから、よかった。」

 

 

 

おばあちゃんに認知症の初期症状らしきものが出始めたと連絡を受けたのは、昨晩のことだった。

 

もうおじいちゃんを追い越してしまったから、たぶんこれから少しずつできないことが増えていく。分からなくなることも、きっと増えていく。いつか母やわたしの顔も忘れてしまうかもしれない。かわいがっている猫を探しに、夜中に家を飛び出してしまうかもしれない。何もかも忘れることが怖くなって、不安に押しつぶされそうな夜が来るかもしれない。

それでもわたしは、おばあちゃんがひとつずつおばあちゃん自身を許せるようになっていくことが、とてもうれしい。何かを忘れていってしまったとしても、元気なうちにすべてを許せる日がきてほしい。大きな不安や恐ろしさに出くわすことがあっても、ここにいるよと声をかけたい。わたしに今日を授けてくれてありがとうと毎日言いたい。できないことが増えてもいいから、ひとつでも多く、生きていてよかったと思える瞬間に触れてほしい。

 

先週訪ねたときに見た、こたつで微睡んでいたおばあちゃんの顔を思い出した。

わたしに1/4血を分けたその人の寝顔は、すりガラス越しの西日に照らされて、うつくしかった。

 

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先日、23歳を迎えた。

23歳を迎えに行った、という言い方が一番よく22歳を表している、そんな一年間だった。365日はあっという間なんかじゃなかったし、駆け抜けたような軽やかさはなく、引きずりまわして歩いたような22歳だった。苦しいことと楽しいことは半々くらいで、悲しいことと嬉しいことだと、嬉しいことのほうが少し多かった。目に見えて得られたものから、自分にしか分からないような変化もあった。ハードルはいつも飛び越えられるわけではなく、蹴飛ばして倒したり、くぐって抜けたり、腹が立って壊してしまったりもした。窒素ガスの入った風船を手放したように大切だと思っていた人と縁が切れたり、苦手な人と手を組んで大きなものを創り上げたりもした。課題と呼ぶべきものを見つけられすらしないまま365日を過ごしてしまったような気さえする。

 

だからせめて23歳は、焦って大人になろうとせず、過去のどこかにすがりつくこともなく、目の前のことだけに一所懸命になろうと思う。損得勘定やダサい未来予測などをせずに、今やれることだけをやっていく一年間にしたい。そうやって毎日を過ごすことがわたしに今日を授けてくれた誰かの励みになるのならば、そうやって積み重ねて創り上げたものが誰かの何かに役立てるなら、それ以上のことはない。

ひとりで黙って先を急ぐ旅よりも、そのときどきで色々な誰かと手を繋いだり殴り合ったりしながら歩いていくほうが、きっと遠くまで歩いていける。目的地は見えない。見えないけれど、どこに向かうかより、どうやって向かうかを大切にする一年を過ごそうと思う。

■映画レビュー 「こころに剣士を」

 

去年から映画を観に行くようになったので、せっかくならばレビューを書き残しておきたいと思い今年から始めます。気分によるボリュームの差はご愛嬌です。

 

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「こころに剣士を」

http://kokoronikenshi.jp/

12日 ヒューマントラストシネマ有楽町

 

映画初めということで、2日の夜、初詣を終えた後に東西線と銀座線を乗り継いで観に行った。

 

■ 五感に訴えかけてくる言語、色彩、風景

 恥ずかしながら、この映画を観るまで「エストニア」という国が正確にどの位置にあるのかすら知らなかった。バルト海に面していて、フィンランドの真下。ロシア、ラトビアとくっついている。東欧だと思っていたらフィンランドノルウェーなんかと同じ北欧だった。

 映画を通して一番印象深かったのは、言葉の響きのおもしろさと、アジアでは見られないような、おだやかでやさしい淡い色彩だった。

 エストニア語という言語を初めて聞いたのだけど、最初は息の使い方の独特さからロシア語かと思った。けれどロシア語にしてはモゴモゴしていなくて、ドイツ語のようなきっぱりした感じもありながら、スペイン語のようななめらかさもあり、フランス語のようなやわらかさもある。けれどドイツ語ほど語気は強くないし、スペイン語ほど早口でもなく、フランス語ほど気だるそうな感じもない。ずっと聴いているとマントラのようにも聞こえてきて、おまじないにぴったりの言語だなと思った。エストニア語。

 「おだやかでやさしい淡い色彩」と言ったが、光に溢れているような色使いが多かったというわけではない。むしろ、冷たい冬の雲によどんだ空や、昼間でも薄暗いコーヒーショップ、ほこりっぽい体育館の殺風景さなど、色味のない風景がよく登場する。けれど、晴れた空や昼下がりの窓からときどき差す陽の光に照らされると、北欧独特というべきか、パステルカラーを少し強めたような、濃淡のちょうど中間にある黄色や緑で塗られた体育館の壁や、風に揺れる透き通った白いカーテンがあまりにやさしくきらめくのだ。「何色」と言いがたい色がたくさん出てくるのも楽しい。

 この映画の中で「誰かが何かをいきいきと語る」という場面は非常に少ない。心情の揺れ動きや展開の明暗が、色と光を無造作そうに放り込んだ日常の景色で表現されていて、「言語を介さずに表される言葉」の力をいっそう強く感じた。そうして描かれている風景の多くが―体育館の壁や自室のカーテンなど―ありふれた日々のワンシーンであるからこそ、余計にぐっとくる。たとえるなら、夏休みにおばあちゃんの家に遊びに行って、いつも見ているはずなのに見えるもの全てから「夏休み」を感じてわくわくうずうずした人は、この感覚にどっぷりとハマれると思う。

 

■ 言葉で語られないメッセージ

 正直なところ、この映画が押し出している「勇気の先に未来がある」というメインメッセージは、物語からはあまり感じ取れなかった。話の構造はとても単純だし、展開も予想がつく。けれど、「歴史的、社会的な事情から、人びとが自由に生きられない」「家族をいとも簡単に失ってしまう恐ろしさ、悲しさに日々苛まれている」という要素が加えられていることで、「それでも未来を信じて生きていきたい」という思いの強さが刺さるように染みてくる。けれど作中では一言も「未来を信じて生きていきたい」なんてポジティブな言葉は出てこないし、誰もそんなことを語らない。

 この映画の好きなところのひとつに、激しい感情表現がほとんど出てこない、というのがある。大切な家族を目の前で奪われても、フェンシングを始められることになっても、誰かが大泣きしたり飛び上がって大喜びしたりすることがない。出来事に対して感じることの多さや、その思いの強さゆえに、眼差しや表情のわずかな変化だけでそのときどきの「感じているもの」の全てが表されている。その淡々とした様子から、「これはもしかして、この人にとって想像以上に意味深い出来事なのかもしれない」と思えたりもして、それがとてもリアルで、かえって自分の感情に共鳴した。

 

■ 子役の作る余白

 感情表現が少ないというのは、「余白」がたくさんある、とも言い換えられる。観る側が好きに想像できる余白。大人ならばなんとなく「ああ」と分かるかもしれないけれど、目を見張ったのはメインの子役2人がそれをとてもナチュラルに表現できているところだった。「嬉しい」を「やった!」と飛び上がらない。「悲しい」を「どうして」と泣き叫ばない。表情をほとんど変えない。無愛想に近い。それが余計に観る側の気持ちをぐしゃぐしゃと掻き立てて、わたしの気持ちのほうが前のめりになる。大人が作る余白は「含みがあるんだな」と感じるくらいだけれど、子どもの作る余白は、居ても立ってもいられなくなるようなもどかしさがある。日々の生活でふつうに笑ったり悲しんだりしながらも、ふとした拍子に「自分がいま感じているこの感情は本物なのかな」とか「笑ったり怒ったりしている自分を見ているもうひとりの自分がいる気がする」と感じるひとはハッとさせられるのではないかと思う。

隠さないようにかたすこと

 

 

― だまし絵のような部屋に住んでいた。

 

わたしの部屋は、2階建ての実家の1階。北側で日は当たらないけれど、東と西に大きな窓があって、風がよく通る。広さは10畳。実家で10畳の部屋をもらっていると言うとたいてい羨ましがられるが、1階の北側なので、冬の朝晩などはのたうち回るほど寒い。

 

10畳もの広さがありながら、わたしの部屋はどことなく狭かった。登山道具や大量の辞書と文学全集、カメラとレンズなど、趣味の道具にかさばるものが多いというのもあるが、なんというか、部屋に奥行きがない。ゴミ屋敷ではないし、足の踏み場ももちろんある。インテリアのような上級人間概念は全く無いが、好きなアーティストのポスターやライブグッズなどはそれなりに飾られているし、何かを床に放置していたりもしない。なのに、空間全体になんだか隙間がなく、散らかっていないのに雑然としている印象がある。

広いのに、狭い。違和感をはらんでいる。それがわたしの部屋だった。

 

 

12月31日。紅白歌合戦椎名林檎を観て、「東京事変の再来だ!」「Ayabambiはもはや東京事変のメンバーだったのでは!?」とひとりでおおいに興奮し、部屋におりたときのことである。

東側の窓の横に貼った林檎ちゃんの大きなポスターと目が合った。

その瞬間、なぜか天啓のように林檎ちゃんの声が頭に響いた。

 

「この部屋、このままでいいの?」

 

斯くして、部屋の大掃除を始めることにした。年を越すまで残り4時間半だった。

 

 

― 隠さないようにかたすこと

 

紅白歌合戦そっちのけで(でも宇多田ヒカルだけはばっちり観た。感動に打ちのめされてテレビの前から20分くらい動けなかった)、一心不乱に片付けを始めた。まずは部屋のなかの片付けやすそうなところにゴミ袋を持っていき、モノを手にとる。手にとったモノを「いまの自分はこれを手にして楽しい気持ちになるかどうか → YES or NO」という判断基準のみで判断し、NOは全てゴミ袋に突っ込んだ。

それまでの自分の片付けは「この先も使えそうか」「大切な思い出かどうか」という軸に寄っていた。しかし、この先「使えて」も、今後「使いたい」と思えるとは限らない。本当に大切な思い出はモノをとっておかなくても、既に自分の血肉になっている(はずだから)から別にいい。非物質主義バンザイ。諸行は無常である。2017年、物質の次元を跳躍せよ。というわけで、思い出の品もほとんど捨てた。クローゼット、床下収納、本棚、カバン掛け、机の中。片付け大魔神は、蛇行する列車のごとく進んでいく。

 

2017年1月1日0時0分。年が明けた。2017年がきた。2階にあるテレビから除夜の鐘が聞こえる。大掃除は終わらない。部屋は足の踏み場どころか、寝る場所すらなくなっていた。しかし手は止まらない。何を目指しているのか分からないまま、夜は更けて、モノが増殖していく。

  

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どこから出てくるのかと言いたくなるほどの物量

 

 

1月2日。終わりが見えない。初売りで調子に乗ってユニクロのパンツを6枚も買ってもらった。「パンツはたたんで小さくできるのでノーカン」というマイルールを急遽設け、気分的に事なきを得る。しかし本当に得たのはMサイズのパンツ6枚である。

  

1月3日。手を動かしながら、少しずつ分かってきたことがあった。

わたしは今まで、「片付けること」を「隠すこと」と勘違いしていた。中途半端に高機能な置き時計。直感でなんとなく操作している加湿器の取扱説明書。体育祭のことを書いた作文が載せられた高校のときの学級通信。受験期に積み上げたノート。旅行のおみやげにもらったマスコット。数年前に行ったディズニーシーで買ったシェリーメイのぬいぐるみポーチ。「かがり縫い、まつり縫いのやり方」が書いてある家庭科のプリント。部屋着としては全然着られるけど、その格好で近所の人には会いたくないトレーナー。

うまいこと、隠していたのだ。クローゼットの陰に。カバン掛けの枝に。本棚の奥に。棚の上に。「思い出」「いつか役立つ」とシールを貼ったけれど、正直邪魔だから、隠していた。本当に「いつか役立つ」ならば、それがいつなのか、どのくらいの確率で「いつか」は来そうなのか、取っておくとどう役立つのか、そこまでを想定しなくては「いつか役立つ」と言えないのだなと思った。

今までを振り返ったときに、何かが「役立つ」というのは「思いがけない」とセットであった気がする。あれが必要だけど手元にない。買いに行く時間もない。ん、待てよ、確かあのとき使ったアレ、これに使えるのでは?と思い至って、思いがけないものが思いがけないところに役立った、みたいな。だから、今の時点で「本当にいつか役立つもの」というのは、「使うとき、場所、用途が決まりきっていて、かつ、必ず使う予定があるもの」であって、ゴミにするか取っておくべきかと人を悩ませるものは、たいていの場合「使いどきやシーンが明確に思い描けないもの」なのだ。捨てよう。「そのとき」の自分がどうにかするはずだ。

 

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 1月3日の観測 少しずつ終わりが見え始める

 

 

 

― 「要らないもの」は「使わないもの」じゃない

 

わたしは、隠すのがうまかった。「週1で使うもの」が収納されているボックスの中にゴミを隠し、全部を大切にしている気になるのがうまかった。

 

最初は、ゴミじゃなかったのだ。

小学生の頃、毎日かぶっていたキャスケット。当時、「ちゃお」のとある漫画キャラクターがキャスケットをかぶっていたのに影響されて、お母さんにねだって買ってもらった。気に入って、毎日どこへ行くにもかぶっていたけれど、頭のサイズが次第に合わなくなった。でもデザインは悪くないし、少し無理をすればまだ入るから、カバン掛けの一番上に掛けておいた。

月日が経っても、そのキャスケットにふたたび頭を収めることはなかった。あれをかぶっていたときに感じた、ちょっとおしゃれなおねえさんになったような気持ち。あれをかぶりはじめたのをきっかけに帽子が似合うのが分かって、帽子が好きになったこと。お母さんが仕事で忙しい合間を縫って探してきてくれたこと。全部大切な思い出だった。だから、「でも、もう今はかぶらない」キャスケットを置いておくことに、意味はあると思いこんでいた。

 

だけど、もういらない。使わない。

 

ゴミというと聞こえが悪いが、ゴミとはいわば不必要なモノだ。不必要とはそれを使うか使わないの話ではなく、「いまはもう要らない」と思うかどうかで決まる。では何を基準にそう思えるようになるのか。それが2017年のわたしにとっては、「いま楽しい気持ちになれるかどうか」だった。

 

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1月4日の観測 人間が暮らす部屋らしさが増した

 

 

 

― アップデートに物理的空間を寄せていく

 

ありきたりな言い方かもしれないけれど、大切だと思うものや人、価値観なんかは、けっこう頻繁にアップデートされている。一年前の自分が大切だと思っていたものを思い浮かべてみようとしても案外思い出せないし、いまの自分が変わらずに大切だと思っているものは、「どう大切にするか」というやり方の部分が変わっていることも多い。誠実さとか努力とか、抽象的な概念であればスペースをとらないけれど(でも心の容量は確実に食われているので、いまの自分に不必要な概念はどんどん捨てていったほうが楽だ)、いかんせん思い出の品は部屋の容量を物理的に食っていく。アップデートは気づかないうちに終わっていることのほうが多いので、それにあわせて数ヶ月に一度は部屋のなかのモノを見直したほうが良いのだなと思った。古い皮膚が自然と剥がれるように、「もう必要ではないもの」は、きっと毎日少しずつ増えている。そしてわたしたちは選ぶことができる。見逃して隠すか、捨てるか。

 

「隠さないようにかたすこと」。これはここ数年のわたしの人生において得られた発見のなかで、けっこう大きかった。

 「隠さない」とは具体的にどうするかというと、

 

・部屋の中に「隠しやすい陰」をそもそも作らない。隠しやすい陰には何も置かない

・部屋のすべてのものが見渡せる範囲にあること

・見渡せない場所(引き出しとかタンスの中)は、「週一で使うもの」しか置かない

・水着、湯たんぽなど季節によって使う頻度が異なるものは、立てて収納する→ 一目でそれが何であるかが分かるようにしておく

・社会的に必要そうな思い出(卒業証書とか)と、ぜったいに捨てられないもの(おじいちゃんの形見とか)だけは「両腕に収まるだけ」というルールのもと収納する

・借りたままになっているものはきちんと返す

・壊れてしまったものは「即修理」か「即ゴミ袋」のどちらかにする

・手紙や写真は吟味して、それぞれ一冊ずつアルバムを作る

 

「隠さない」は案外難しい。「いつか使うかも(でも本当に使うの?)」や「けっこう大切だったし(もういいんじゃない?)」と判断を迫られても、結局それは未来か過去の自分が判断すべき話であって、いまの自分が自信を持って判断できることはなかなか少ない。だからこそ、「いまこれで楽しめるかどうか」という基準だけでモノを捨て始めたのは、思い返せばけっこうナイスな判断だった。

 

年の瀬手前辺りから少し身体を壊したりして、ずるずると精神も崩れて、人間関係の破綻も起こったりして、「今日一日を生きるのにせいいっぱい」「朝7時に目を覚ましただけでえらい」「大学に行くための電車に乗れただけですごくえらい」「延滞せずに本を返した。めちゃくちゃえらい」「呼吸し忘れなかった。ファビュラス」「グッド・ルッキング・ガイ!!!」とえっちらおっちらしているうちに、「今日一日をどうするか」がとても大切になった。それまでそんなことを思いもしなかったのに。起床した瞬間、本日の手持ちカードがどんなにダメでも、どれだけ上機嫌に一日を過ごせるか。それだけが関心のすべてになった時期があった。だから今回の大掃除もとい片付けは「いま」を基準に為せたのだと思う。アップデートだ。そして気持ちのアップデートに物理的空間を寄せるように行動できたのも人間力のアップデート。我ながら御見事である。

 

 

 

2017年、悪くないスタートです。みなさまも幸いの多い一年をお過ごしください。