羊とメトニミー

伏流水のなかに棲んでいる

23歳のわたしが選ぶ10の本

 

 

本を読むのが好きだ。どうして好きなの?と訊かれたら、「いろいろな楽しみ方ができるから」とこたえる。

 

物語をコンテンツとして消費したくなる日がある。答えのない議論を延々と頭のなかでやり続けたい日もある。好きな友人の好きな作家の本を読んで、感想を述べ合うことを口実にその人に会いに行きたい日もあれば、ただぼーっとさまざまな象形文字を眺め続け、何千年も前に生きた人たちの想像力に重なりたい日もある。

 

本はわたしの「したい」にだいたい答えてくれる。笑われるかもしれないが、身体を動かしたいときも本を読むことがある。たとえばうつくしい踊り子が主人公の文学短編を読んで、読み終わったら音楽に身を任せて部屋の中でデタラメに踊ったりする。自分がその踊り子になった気持ちで、ときにはその彼女がしたようにその恋人を想いながら(このときわたしが想うのは現実界の人間のことではなく、あくまでもその物語に登場する人間たちのことだ)、ただデタラメに季節や天気に合わせて踊ったりする。それだけですごく楽しい。

 

本はわたしをひとりにもしてくれるし、人と繋げてもくれる。だれかに教わった本をすごく気に入ったり、書店でふと目が合った本がきっかけで、さっきまで名前も知らなかった書き手とたましいのおく深いところで繋がったりできる瞬間が大好きだ。 

 

わたしをきっかけに誰かがわたしの好きな書き手とつながってほしいな、となんとなく思ったので、この記事を書くことにした。タイトルはそれっぽく「10」にしてあるが、べつに5冊でも20冊でもよかった。23歳のいまの自分がこれまで読んできた中で、「これは」と感じた10冊を紹介する。

ここで紹介する10冊以外にも自分が影響を受けた本は多くあるが、いまこの瞬間フィーリングで選んだものが、いまこれを書いている自分にとっての正解だと思う。なので、特に思い入れが深いとか、読めば絶対に何かを得られるとかそういうのとは少し違う。ただただ佳いと感じた作品だけを特に理由もなく紹介していく贅沢な試みである。

 

 

 

1】 白 - 原研哉

 

「 白があるのではない。白いと感じる感受性があるのだ。だから白を探してはいけない。白いと感じる感じ方を探すのだ 」

 

帯に書かれたこの一文だけで、ただならぬものの訪れを感じた。「白について語ることは色彩について語ることではない」という頬が痺れるような一文から始まる、白を巡る著者の考察の本。考察という体裁ではあるものの、文体が文学と独白のあいだのようで、「白」を崇拝する敬虔な信者の日記みたいだと思った。

 

読み終えると、自分の目に一枚上等なフィルターがかかったような気分になる。この本を読んで感銘を受けた、というレベルではなく、この本を読むと自然と目が変わらざるをえないのだ。真に力を持つ人というのは、存在するだけで飛び抜けている。この書き手は彼を見つめるひとたちをその空気に自然と巻き込んで、関わるすべての人を高みに導いてしまうような人なのかもしれない。それくらい、この本は飛び抜けている。

 

この方はデザイナーで、いまは美大で教鞭を執られている先生らしい。美大にはおもしろい先生がいるんだなあ。

 

 

 

2】 入門 実践する統計学 - 藪友良

 

 人生で一番回数読んだ本はたぶんこれ。学部4年生の頃にお世話になっていた計量経済学の先生の著書。

この本のすごいところは、誰にでも理解できる言葉で抽象的な概念を見事に説明しているとか、一冊読めば統計学のトの字も分からない人でも基礎がほとんどおさえられるとか、いろいろある。けれど何よりすごいのは「統計学が大嫌いだったわたしを統計学好きにしてくれた」に尽きると思う。本を読んで嫌いなものが好きになった経験は、あとにも先にも統計学しかない。

 

学部生の頃伺った藪先生のお話曰く、先生も大学生の頃は統計学計量経済学に対して苦手意識があったらしい。自分が苦しい思いをしたからこそ、初学者でもなるべく分かりやすいように、統計学から脱落しないように書いた、とおっしゃっていた。実際、内容は本当に御見事としか言いようのないくらい、なめらかで、明快で、親切だ。

 

自分の苦手なものを克服するというだけでも大仕事なのに、それを他人に分かりやすく説明して教えられる、というところまで辿り着いた先生は、本当にすごい。これこそが「学んで自分のものにする」ということなんだろうなあと、月曜1限にねむたい目をこすりながら必死にノートをとってこの本のページを繰っていたいたあの頃が懐かしい。

今でも、統計絡みで少しでも分からないことがあったらまずはこの本に手を伸ばす。ちょう頑丈な家、みたいな本。

 

 

 

3】 字通 - 白川静

 

4年前に亡くなった祖父の遺品として、葬儀の後に祖母から貰い受けた。わたしが漢字の成り立ちや象形文字が大好きになったきっかけを作ってくれた辞書。

 

気になる字を30くらい調べるだけでも余裕で午前中が終わる。雨の日曜日に読む辞書として最適。めくれどもめくれども漢字、漢字、漢字。ぼーっと眺めていると、ふとした瞬間にこれを書いている白川静先生の背中が見えることがある。白川先生も、こうしてときどきぼーっと自分のこれまでの人生をかけてかき集めてきた漢字を眺めていたんじゃないだろうか、と恐れ多くも思ったりする。お会いしたこともないし、わたしが白川先生のことを好きになった頃には、先生はもう亡くなられてしまっていたのだけど。

 

もし時代が許したら、白川先生に弟子入りしてみたかった。そして漢字のことをたくさん、祖父と話してみたかった。

 

 

 

4】 最果てアーケード - 小川洋子

 

小川洋子という作家の名前を知ったのは、小学生の頃に誕生日プレゼントでもらった「博士の愛した数式」がきっかけだった。その頃から何度も同じ本を読む癖があったけれど、当時は何度読んでも小川洋子を特に好きとも嫌いとも感じなかった。

しかし大学生になって「最果てアーケード」を読んだとき、なんというか、「今まで見えていたと思い込んでいたけれど実はすっかり見落としていたものを発見した」ような気持ちになった。小川洋子は、世界の解像度を上げるのがうまい。

 

彼女の文体は水のようだ。「最果てアーケード」は、小さな町のアーケードに暮らす一人の女の子を中心に、それぞれの商店の主や客たちの生活を描いた物語である。水のような文体で生活の物語を書くのだから、相性は抜群に決まっている。この小説を読み終えると、見落としていた当たり前の生活が、ひとつひとつおだやかなきらめきを帯びてくる。しかしそれは世界が変化したのではなく、知らぬ間にわたしの見る目が変わったのだ。「気づいたら身体に馴染んでしまう文章」というものを、わたしは小川洋子からたくさん教わった。

 

 

 

5  Into The Magic Shop - James R. Doty

 日本語訳版:スタンフォードの脳外科医が教わった人生の扉を開く最強のマジック

 

日本語版を読んですごくよかったので原著も取り寄せたらそちらも良かった。ただ日本語版はタイトルが胡散臭いので手にとるのになかなか勇気が必要だった。 

 

自己啓発本ではなく、マインドフルネス瞑想のやり方の本。そしてマインドフルネス瞑想とは筋トレの一種のようなものなので、第六感が云々などというようなことは一切ない。本書では「マインドフルネス」とか「瞑想」という単語についてまわる宗教的なイメージはほとんど語られず、かなり読みやすい。多くの自己啓発本や怪しいスピリチュアル本にありがちな「宇宙と繋がる」とか「真我に目覚める」みたいな「いかにも」な話も出てこないし、「脳は意思と習慣づけによって変わる」ということが経験と科学的な根拠とともに明快に述べられている。

ハウツー本というよりも、ひとりの中学二年生の男の子がいかにして成功と転落を繰り返す生活のなかで「瞑想」と関わって大人になっていくか、という物語に近い。主人公が日常で感じている気持ちの描写が繊細で、読んでいても「ああ、この感じ、わかるなあ」と頷きたくなる。物語と実用書の両方としてここまで役立つ本はほとんどないと思う。激推しです。

 

 

 

6】 一億人の英文法 - 大西泰斗、ポール・マクベイ

 

大学に入ってから多くの英語に関する書を読み漁り買い漁ってきたけど、「学習」と「研究」の2つの観点から見るとこれが暫定一位だと思う。

 

「すべての日本人に贈る「話すため」の英文法」という冠文句の通り、英文法の本。「話すための」というフレーズが入った英語系の教材本は多いけれど、そのほとんどは「このフレーズを暗記して応用すればネイティブとの会話もスムーズにできます」というやつだ。確かにそういう学び方に汎用性はあるし、学習や簡単な英会話の基礎づくりにはいいかもしれないけれど、もっと読んでいて面白い教材はないかなあと探していたときに巡り合ったのがこの一冊だった。

この本の特徴は、「話す」という行為そのものに注目しているところ。「話す」は人間だけの非常に原初的な行為だ。ゆえに、その行為の根本にある「心の動き」に着目し、「こういう心の動きがあるから、ここにはこういう単語が入る、こういう語順で気持ちが表される」という解説が目白押しになっている。これが面白いのなんのって!

日々わたしたちがしている母語による発話は、想像以上に無意識下で行われている処理が多いように感じる。頭のなかで「話す内容」は考えるけれど、どんな語順で、とか、主語がどうの、とか、そういうことはあまり考えない。だからどんなに真面目で深刻な話をしていても、語順がメチャクチャなことなんてしょっちゅうあるし、ときにはほとんど言葉を使いすらしなくても、多くを伝えあうこともできる。

 

この本を読むと、高等教育までで習ってきた英語の文法における「どうして?」があらかた解決されるだけでなく、「もっと気持ちを優先させて英語を使っていいんだな」と安心できる。文法が多少下手でも、「伝わる」ために落としてはいけない単語と語順は何か、というカンが掴めてくる。そういう意味で、英語を「研究」したい人にとってもたくさんの知見を得られる素晴らしい一冊だと思う。

 

 

 

7】 夜中の薔薇 - 向田邦子

 

恥ずかしながら、放送作家という職業を聞いたことがなかった。向田邦子という人も、その名前しか知らなかった。今年のゴールデンウィークに東京から10時間も離れた島まで登山をしに行ったのだけど、そのときのお供としてたまたま本棚から抜き取った一冊がこの本。確かずいぶん前にプレゼントとして頂いた本だった。

 

この書き手に出会えてよかった、と心から思える一冊だった。放送作家という職業柄か、女性でここまでもパキッとしたリズミカルな文章を書ける人を見たのは初めて。そしてその小気味よさが読んでいるうちに自分の全身に同期してきて、ページを繰る手が止まらなくなる。かっぱえびせんみたいな本。自分のなかにある本を読むための臓器にあたらしい血が流れ込んだような新鮮さがあった。

 

向田邦子のエッセイは、率直だ。嘘がないことがひと目で分かる。夏の高い空のようにくっきりしていて、気持ちいい。 人によく見られようとか、見栄を張ろうという威勢の良さを隠さない。隠さないけれど、「自分はそういう人間です」ということがちゃんと客観視されているので、嫌味がなく、すがすがしくて、コミカル。書き手と女性の両方として「こんな人になりたい」と思える人には滅多に出会えないので、大変貴重な出会いだった。

 

 

 

8】 「考える」ための小論文 - 西研、森下育彦

 

小論文は大学生の頃のライフワークのひとつだった。今の仕事は少し方向性を変えたけれど、やっていることは概ね変わらない気がする。そもそも小論文を書けるようになりたいと思ったのは、この本がきっかけだった。

題名だけを見ると小論文の書き方のハウツー本のようだけれど、この本が提示してくれるのは「深く考えることの面白さ」と「小論文における”正しさ"とは何か」という問いかけだ。

前者に関しては、「考えるとは何か?」ということをずっと考え続けているわたしにとって、ひとつの解へと繋がる手がかりになった。こういうメタ的な思考の取り扱いが下手だからこそ「なるほど!」と膝を打ちたくなる主張がそこかしこに散りばめられていて刺激的だった。

後者に関しては、そもそも「正しさ」という観点を国語(厳密には小論文と国語は違うものだけど)という教科に持ち込めると分かったことが単純にうれしかった。小学生くらいの頃からみんな「国語には正解がない」というフレーズを100万回くらい聞かせられていると思う。わたしもそうでした。なのに国語のテストで「傍線部の筆者の気持ちを50字以内で説明しなさい」とか「次の選択肢ア〜エから、主人公の心情に最も近いものを選びなさい」などと言われて点数がつけられることにたいそう納得がいかなかった。「正解がない」と言いながらも、「意図しているところを忖度せよ」に支えられているじゃないか!と猛烈に不満を抱えていた。だからこそ、国語に「正しさ」という尺度を持ち込んでよい、と教えてくれた本書は、ひとつの救いであった。

 

 

 

9】 魂のいちばんおいしいところ - 谷川俊太郎

 

特に言いたいことはない。この詩集に客観的な感想や語彙を当てがったら、秘密の場所が消えてしまうような気がするので、何も言えない。読んで、とだけ。

 

 

 

10】 ポーの一族 - 萩尾望都

 

 わたしが萩尾望都ファンであることはほとんど知られていない情報だけど、もう何年も萩尾望都の大ファンです。

ポーの一族」は、歳を取ることも食べることもなく、永遠のときを渡ってゆくバンパネラたちの物語。愛とはどこにあるのか、生命の美しさとは何に宿るのか、生命を持たないバンパネラはどこへ向かうのか、死んでしまう人間たちは一体どこへ行ってしまうのか、永遠のときを過ごすバンパネラはなぜこの世に存在するのか。愛と生命をめぐるさまざまな命題があまりにも美しく描かれている。この物語の前において「美」を語ることは、わたしにはできない。読んでみればそれがどういう意味か、たぶん分かる。

 

萩尾望都は素晴らしい漫画家だけど、同時に天性の詩人でもある、と思う。

たとえば以下は、人間からバンパネラへの目覚めがなかなか訪れず、昏々と眠り続ける友人のアランを前に主人公エドガーが独白する場面だ。

 

「目ざめよ神話 

ぼくたちは時の夢

昔がたりと

未知への畏怖が

ぼくらの苗床

ぼくらの歌

 

さようなら

さようならを

いっておしまい

アラン

人間界の

すべてのものに

 

わかっているね

ぼくたちが

なに者かこれから

どこへゆくのか

 

早く

目をおさまし

早く

 

永久を駆ける

馬車が出る」

 

彼女が手にとる言葉のひとつひとつは、重ねられて、透き通って、天から響くように聴こえる。平坦な語彙の一片一片がドミノのように少しずつ並べられ、いつのまにかそこに銀河があらわれる。萩尾望都とは、そういう詩人である。

 

 

 

はんぶんのじぶん

 

 

半分ずつでできている。

片方は、世事に通じた自分。優等生で、物分りと聞き分けが良くて、お行儀をわきまえていて、先生や大人に期待されたり褒められたりするのがうれしくて、納得のいかないことや理不尽な目にあっても黙って肚の中に収めることもできたりして、けっこう突っ走って頑張ってしまう自分。

片方は、ぷにゃぷにゃとやわらかくて、熱くて、形になる前の胎児のように原初的で、獰猛で、真っ直ぐで、大きな声で笑ったり、ぽたぽた涙を流したり、秒ごとに目まぐるしく感情がゆれて、「大好き!」と「大嫌い!」を腹の底から叫ぶ自分。

 

 

世事に通じた自分は、自分が他人にどう思われているのか、大人たちに何を期待されているのか、なんとなく分かっている。だから期待された通りにやって誰かに喜ばれるのが単純にうれしい。「レールに乗っている人生なんて」と大口を叩きながら「まあでも、レールに守られているからこうして安心して生きていけるんだけどね」ということを分かりすぎている。大きな何かに守られて身分が保証されていることに、すごく安心感をおぼえている。心地いい。そこから外れなければ、きっとみんなはこれからもわたしに期待してくれる。誰かの期待にこたえたいから、この先も頑張っていける。守られなくなることも、期待されなくなることも、怖い。自分の形や価値がわからなくなってしまいそうで。物分りがいいから、傷ついていないフリがうまい。悲しんでいることや怒っていることや誰かを見下してしまうことを、誰にも知られたくない。いつも「正しいこと」によりかかっている。

 

 

ぷにゃぷにゃした胎児みたいな自分は、とても乱暴でうるさい。「腑に落ちた」と感じなければテコでも動かないし、自分がYESといえばYESNOと言えばNOだ。叫ぶ、叫ぶ。ときに歓声を上げて全身で踊りだし、ときに嗚咽を漏らしむせび泣く。好き!とか、気持ちいい!とか、そういう感覚を感じられることがなによりもうれしい。身体と心があってよかったと思う。自分で全部決めたい。美しいものと素晴らしいものしか身のまわりに置いておきたくない。そしてダメな日はとことんダメ。3時間眠って1時間覚醒して3時間眠る日々を繰り返したりする。身体や心がもう無理でーす!とサインを出したら、スマホPCもぜんぶ電源ごと切って、ひたすら深い海の底に沈んでいく。目も開けたくない、意識を保ちたくない、何も感じたくない、感覚器官がぜんぶ閉じてほしい。本気でそう願って、ただただこのわけもわからない大嵐が過ぎるのを待っている。太陽が大嫌いになって、夜が怖くなって、もう二度と風に乗って飛ぶことなんてできないのではないか、と不安の中をぐるぐるまわる。けれどある日突然光が差し込んできて、気づいたら、爽やかな広大な、風が南へと駆け抜けていく草原に立っている。いつの間にか海の底から土のある地へと這い上がって、二本の足で立っている。

 

 

半分ずつでできたひとりのわたしは最近、両方のバランスを崩すことが多かった。物分りの良い自分に押しつぶされて、胎児みたいな自分のことを忘れているうちに、本当に何も感じなくなり、立ち上がることができなくなってしまっていた。けれどようやく少しずつ、夏の光が差し込んできた。空が明るいことが分かる。花が薫っていることが分かる。手にかかる水の冷たさが分かる。犬の腹のやわらかさが分かる。背中をつたう汗のくすぐったさが分かる。

身体を取り戻していきたい。また夏が来たんだと、感じたい。さよならを言えなかった梅雨に、また来年も会いたい。胎児みたいな自分を大切にして生きていきたい。

8月が、もうすぐ目の前だ。

 

たぶんわたしのように、半分の自分を抱えている人がこの世界にはたくさんいる。人によっては2人どころではないかもしれない。もっとたくさんのさまざまな自分が矛盾しあって、その喧騒のうるささに耳をふさいでいる人や、どの自分を信じたらいいのか分からず、立ち止まったまま何年もの時間を過ごしている人も、いるかもしれない。

どれがほんとうの自分、という絶対の解は存在しない。ぜんぶの自分を大切にできればパーフェクトだけれど、環境や年齢に合わせて「いまの自分にとって大切な自分」と「忘れ去られていく自分」が存在するようになるのだと思う。誰かのことを忘れてはいないか、置き去りにしていないか、たまに振り返ってみてほしい。誰かが欠けたまま気づかないで歩み続けたらいつか、「わたしの人生、返してよ」と、置き去りにした自分がそのときの自分を大声で責めるだろう。自分で自分に責められるのは、ほんとうにしんどい。だからときどき、点呼をとろう。自分が全員、ちゃんと揃っているか。

 

みなさまも良い夏をお過ごしください。

2017.04.08

 

感情はびっくりするほど当たり前のようにこんこんと湧き出てくる。食事中にスマホをいじられたら誰だろうとすごくいやだし、ちょっと背伸びしたファッションを褒めてもらえたらそれだけで1日がハッピーになる。

 

感情や感覚は当たり前に湧くものとして、問題はそれをどのように処理するかである。さまざまを感じるのは心の知性の役目だけど、それを(特に対人において)表すのは頭の知性の役目だと思う。何を、どうやって、いつ、誰に、どんなタイミングで。それらをわたしたちはおそらくものすごく素早く複雑に計算していて、その計算が少し足りなかったり、激しい感情にとらわれて思わず反射的に厳しい言葉を相手にぶつけたりすると、あとあと後悔することが多い。

 

アカデミックにも哲学的にでもなく、ずっと感情に関して考え続けているような気がする。何かがあったとして、そもそもそれに感情が湧くこと自体適切なのかそうでないのか、湧いた感情をどう言葉や態度に変換するのがいいのか、はたしてそれは表現すべきなのか、表現するとして、どんなふうに表現するのがいいのか。感情は頭で「発生するな」と押さえつけることができないし、感情に関して正解と不正解という観点を持ち込むこと自体間違いだ、という考えを多く見てきた。けれど、特にネガティブな感情を必要以上に感じるとものすごく疲れるし、「それはそういうもの」と自分と一線を引くことで、いくらか負の感情を感じにくくすることはできる。しかしこれはやりすぎると気持ちが不感症になるので、いかんせん何や誰に対してそういうやり方を持ち込めばいいのか加減が掴めず、むずかしい。

 

こういうことをたまに、本当にたまにほんの1ミリくらい他人に話すと、たいてい「そんなこと考えたことない」「いろいろ考えててすごいね」「複雑に考えすぎだ」などのレスポンスが返ってくる。べつにどんなレスポンスをされようとかまわないのだけど、こちらとしてはけっこうな死活問題なので、むしろ感情をうまく付き合っているひとはどうしているのかを知りたい。どうしているのか教えてくださいと切実に乞うても、なんとなくの苦笑いで去られる。夏道路の逃げ水みたいに。つまり、気持ちに対して「考える」という姿勢自体が違うのかもしれない。違うのかもしれないけれど、そうやって二十余年やってきてしまったのだからしかたない。話の着地点がぐらついてきたぞ。オチはつけられないけれど、誰か何か、感情について知っていることや感じていること、わかっていることがあったら教えて下さい。以上。

 

花になる -「見る」ということ

 

 

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花の写真を撮るのが好きだ。熱中するうちに花と自分の境目を忘れて、わたしそれ自身が花や春になるのが好きだ。けれどときどき、自分の「見ている」に自信がまったく持てなくなる。

 

何かを見ている。目でかたちを見ている。風を耳で感じている。香りを鼻で感じている。温度が複雑に入り混じった季節の兆しを頬で感じている。樹皮の凹凸や花びらの冷たさを指で感じている。朝起きて覚醒してから、わたしたちは五感よりはるかに多くの感覚器官で時間を感じ続けている。多くの感覚器官から得られた小さな情報たちを頭がつなぎ合わせて、さらに何倍もの感と動をこころや内臓が受けとめる。受けとめた諸々に、さまざまな気持ちが生まれて溢れ出す。春だなあとか、あの人は元気にしているかなあとか。

 

写真を撮るとき、目でかたちを見ている。風を耳で感じている。鼻先で、唇で、指先で、春の温度と光を味わっている。けれど写真には、かたちと光と影しか写せない。何十枚も、何百枚も花の写真を撮っても、かたちと陰影ばかりが掬われる。花のいのちに届かない。春の光に触れない。頭でものを考えてしまうから、構図とか、色とか、明るさとか、場所とか、そういう「かたちの撮り方」に気がそれて、どうにか「わたしの見た春」を無意識に撮ろうとしてしまうから、花を見逃す。春を見失う。花のかたちを撮ることはできても、花のいのちはまるで写せない。たまにうまくいくこともあって、そういうときはびっくりするくらいうつくしい花のいのちが写る。撮る、のではなく、ただ写っている。

 

いのちのないかたちはただのモノやシンボルでしかないが、かたちがなくては、いのちは撮れない。だから写真を撮りつづけている。何枚も何枚も失敗して、見て、見て、見て、ようやく花を見つけたと思ったら、また頭が邪魔をして花を見失う。かたちにばかり気をとられ、花の前にひざまずき、そのうつくしさや花それ自体を見つけることを忘れる。まずは心臓をひらいて花から降り注がれる光を胸いっぱいに流し込まなければ、なにも見えない。けれどそうするには時間がかかる。春がきたのに、じれったい。そうやって焦ると、すぐにかたちだけの写真が何枚も撮れる。待たなければならない。今日は久しぶりの太陽にわくわくしてなかなか待てない日だったけれど、時間をかけてじっと春を浴び続けていたら、少しだけ、かたちではない花が写った。

 

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これから沖縄で遊ぶ人に読んでもらいたい備忘録 -ご飯編-

3. ご飯編

 

さて、沖縄備忘録最終回はご飯編です。

 

-3.1 安くておいしい公設市場ご飯

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・公設市場がなんとなく似合う男

 

公設市場とはいわば食材を売る市場のことで、海産物から豚の頭まで、沖縄の名産物といわれるものはだいたい何でも売っている。国際通りから一本商店街を入った中にあり、2階建ての作りになっている。

 

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・豚が生きている姿と限りなく近い形で売られていたり

 

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・謎の海藻が山積みになっていたり

 

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・水槽からはみ出さんばかりにすんごい色のエビがいたり

 

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・すんごいお値段の石垣牛がいたり!

 

食材屋通りの隙間には飲み屋や飲食店が並ぶ。わたしたちが沖縄について最初に食べたご飯は、公設市場の390円のソーキそばだった。

 

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・390円ソーキそば 肉がデカい もともとは350円だったんだね…

 

東京人の感覚でいくと390円なんて絶対に有り得ないのだけど、大変おいしいソーキそばだった。田舎さんというお店で、おばちゃんが一人でテキパキ切り盛りしている。ここのソーキそばは食べる価値ありです。

 

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・店内の掲示物が手書きばかりで好感度が高い

 

 

他にも市場内には1階で魚を売って2階で調理してくれるお店なんかが多い。お値段を聞いたら魚1匹23000円で、調理代500円を払うと2階で好きなように調理してくれるらしい。2日目のシュノーケリングのときに、インストラクターのおっちゃんに「そういうパフォーマンスにお金を払いたい人なら買ってもいいと思うよ」という誠に的確なアドバイスを頂いた。

 

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・こいつら慶良間の海の中で見たぞ

 

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・これは市場内で300円で買ったまぐろのお刺身。二人で食べて大満足の量。

 

公設市場の食材屋、特に海鮮物や肉を売っているところは本当に愛想がなくて痺れる。日本にいながら売っているもの(どうやって食べるのかすら分からない)も雰囲気も日本じゃないような空気を味わえるのも、ここの魅力の一つだと思う。国際通りの商業めいた雰囲気も好きだけど、個人的には商店街をフラフラした後に公設市場でいろいろな食材屋を冷やかすのがとても楽しかった。

 

 

-3.2 乱立するステーキ屋

 

残念ながら写真を撮り忘れてしまったけれど、沖縄にはとにかくステーキ屋が多い。犬も歩けばステーキ屋に当たる。国際通り周辺を100歩歩けば必ずステーキ屋が見つかる。そしてステーキ屋はだいたい朝5時までやっている。地元の人曰く、「沖縄の人は酒が好きだけど、飲んでいる最中にほとんど何も食べない。だからお腹が空いてステーキを食べるんだと思う」とのこと。お腹が空いた沖縄人のためにステーキ屋ができたのか、ステーキ屋があって沖縄人が行くようになったのかは分からないけれど、ともかくステーキ屋がある。

そしてはてしなく安い。もちろん高級な石垣牛やアグー豚などを出す店もたくさんあるけれど、チェーンでやっているステーキ屋はサラダ、ライス、スープの食べ放題がついてステーキ200グラム1000円でやっている。肉は間違いなくおいしい。

 

ファミレスでいうところのサイゼリヤやジョナサンのように、ステーキチェーン店も何種類かあって、高い肉も安い肉も売っている。肉だけでなくロブスターを提供しているお店も多かったけれど、ヤツは小ぶりの半身ですら1800円するので社会人になってからのお楽しみにしようと思った。

食べログを見る限り深夜の沖縄ステーキ屋は荒れるらしい。考えてみれば40度超えの泡盛を入れた飲んだくれが騒ぐのだから、おそらく深夜1時の歌舞伎町と治安は大差ないだろう。治安のよいステーキ屋を求めるなら、21時までに入店したほうが良さそう。

 

 

-3.3 ビュッフェノススメ

 

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・写真が下手だけど5日分くらいの野菜を食べた図

 

沖縄に行ったら大衆ビュッフェとお高いビュッフェの両方に行くと良い。3日目の夕方、商業複合施設のようなビルの上にあるあまり高くないビュッフェに行った。名前は忘れたけど、1600円で沖縄野菜のサラダバーや数々の沖縄郷土料理、3種類くらいのご飯や汁物、麺類、しゃぶしゃぶ、和洋中を取り揃えたおかず、更には甘いものやチョコレートフォンデュが食べ放題、たくさんの種類の飲み物が飲み放題というとんでもない天国だった。野菜が不足しがちな我々は真っ先にサラダボウルに5日分くらいの野菜を盛ってさまざまなドレッシングをかけた。おいしかった。

ビュッフェを勧めたいのは、いろいろな種類の沖縄料理を一気に食べられるからだ。沖縄料理には、ゴーヤチャンプルーとかにんじんしりしりとか、「お金を払ってそれ単体だけを食べるのはなんとなくコスパが悪そうなもの」が多い。なぜなら、たいていが家庭料理だから。ソーキそばや沖縄そばなんかは各所でおいしさと安さを競い合っているので良いのだが、いかんせん沖縄の料理は種類が多いこともあり、「一品だけ」を頼んでお金を払うと肩透かしを食らいがちである。だから、こだわりのある料理以外はビュッフェで一気に食べたほうが満足できるのではと思う。

 

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・センスの欠片すらないハラペコの盛り付け。でもJALプライベートリゾートだけあって最高においしかった

 

高いビュッフェは高いビュッフェでたのしくておいしい。ホテルのレストランで食べるビュッフェはやはり味のレベルが高いし、オシャレだから見るのも選ぶのも楽しいし、国際通りや公設市場で「高級品」の札が貼られている食材なんかがぽんぽん出てきたりもする。これは沖縄であろうと東京であろうと変わらないことだけど、良いところで良いものを食べると自分がイイ感じになれる。それが海のきれいな沖縄というだけで特別感が数割増しになる。つまるところ、沖縄に来たらビュッフェに行こうという話です。

 

 

-3.4 地元食堂ノススメ

 

今回予期せずわたしたちが盛り上がったのは「地元の食堂探し」だった。と言っても実際に入ったのはほんの数軒だったけれど、美栄橋や県庁前の周辺はビジネス街ということもあり「ここ、中どうなってるんだろう…」と気になる食堂がたくさんあった。外観を見て回っているだけで楽しい。ヤのつくひとが弁当を大量に買っていった24時間営業のだだっ広い食堂、食品サンプルが変色して崩れ落ちているけれど店内は賑わっている食堂などなど。

 

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4日目の夜に立ち寄ったこちらの食堂。ご主人が石垣島の出身で、いまはほとんど石垣島でしか採れない香辛料をつかった沖縄そばのような麺を出していたのだけど、本当に本当においしかった。

 

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翡翠麺に近いような色の麺。あっさりしているけれど香辛料の香りがしっかりしてたいへんおいしゅうございました

 

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・ご主人 とても熱心にいろいろな話を聞かせてくれる

 

この香辛料は毎年ご先祖を迎えるときに必要なもので、今でも石垣島に行けばどの家の庭にも植えてあるらしい。昔は沖縄本島や諸島でもその習慣があったけれど、今では廃れて石垣島でしか育てられていない。胡椒のような辛味とさわやかな香りがあって、乾燥させてすりつぶせば身体の冷えや鼻炎によく効く。昔のお母さんたちは冬場の洗濯物をするまえにこの香辛料を食べて、身体を温めて洗濯物をしていた、というめちゃめちゃおもしろい話を聞かせてくれた。

 

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・「本島の人は今作ってないけど、うちは店の外で育ててるのよ」とわざわざ外まで見せに来てくれた

 

 

しばらくしてわたしたちの席の隣に来ていた団体が「三線を貸してほしい」と言い出し、そしたらご主人が出てきて弾いて歌ってくれた。みんなで三板(さんば)と呼ばれる楽器を借りて三線と一緒にカラカラやったりしてすごーーく楽しかった。

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三板の鳴らし方も教えてくれた

 

沖縄の地元食堂は入り口が狭かったり店内が暗めだったりと一見入りづらい雰囲気のところも多いけれど、ご飯はおいしいし何より店内で起こるいろいろなことがとても楽しいので、ぜひ寄ってみてほしい。フレンドリーで親切な人が多いため、興味があれば沖縄の郷土料理や伝統芸能のことなどを訊いてみるのもいいかもしれない。「おじい、おばあ」と呼ばれるおじいちゃんおばあちゃん(おじちゃんおばちゃん)世代の人の話は本当におもしろい。沖縄の食堂はご飯を食べに行く場所というより、島の人と空間を共有できる場所なのかもしれない。

 

 

-3.5 沖縄のご飯はおいしいのか論争

 

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・ダイビング後のおしゅし

 

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・サーターアンダギー安くてうまい

 

結論、おいしい。インターネットでよく「沖縄のご飯はおいしくない。お金を出して食べるほどのものではない」という意見が見られるが、そんなことなかった。ソーキそばは出汁の旨味がすごいし、ちゃんとした寿司屋ではちゃんとした寿司が出てくる。にんじんしりしりは次行ったら絶対にまた食べたいし、てびちーやラフテーのポテンシャルはめちゃめちゃ高い。同行人いっちゃんはジーマミー豆腐が好きになったし、わたしは豆腐ようのファンになった。ブルーシールアイスは渋谷のジェラートよりおいしかったし、国際通りに行けばほぼ毎回揚げたてのサーターアンダギーを食べた。

 

「おいしくない」というのは、単に味覚に合わないというだけでなく、「払った金額に見合う満足度を得られなかった」という気持ちからも生まれると思う。たしかに高級ホテルに泊まってそこのビュッフェで沖縄料理ばかりを期待して取ってくれば「これは…」となるかもしれないな、と思った。高級ホテルレストランと相性の良い料理はそんなに多くない。

 

沖縄はご飯に限らず全体的に物価が低めだ。学生旅行で食べるご飯、言ってしまえば、「お金はそんなにないけど沖縄を味わいたい」というひとと沖縄料理はとても相性が良いのではないかと思った。こんな安さでこんなにお手軽に郷土料理が食べられる!しかもうまい!という感動がある。そういった文脈もわたしの「おいしい」にはかなり加味されたように思う。

 

 

4. おわりに & 番外編のおまけ写真

 

沖縄行けて本当に良かったです。わたしが普段遠出をするときはもっぱら「山に登る」という目的がある場合が99%で、純粋に旅行を楽しむ遠出はとてもひさしぶりだった。単純に何かが見られて楽しかった、どこかに行けてよかった、ということではなく、毎日想像を遥かに超えた体験ができたのが本当に楽しかった。

 

「沖縄旅行」というと、どうしても安全地帯で観光をするだけに留まってしまいそうなイメージで、実際に自分が高校2年生のちょうど今頃に行った修学旅行がそうだった。名物コース、ハズさない遊び場、学びがありそうなコンテンツ。そういった「適度に楽しめるよね」というものを一方的に押し付けられたような気がして、あのときは、正直心の底から楽しむことができなかった。けれど実に5年ぶりに沖縄を再び訪れて、メインイベント以外は何も決めずに、文字通り行き当たりばったりで沖縄を楽しめたのは、間違いなく今後の自分の旅行の在り方に大きな影響を与えるだろうな、と感じた。どうやってその地を楽しむのか、その地を空気を味わうとはどういうことなのか、どういう場所に行くとおもしろい情報が手に入るのか。体感でしか習得できない嗅覚みたいなのを培えた旅でもあったと思う。というわけで、これから沖縄に行く方々、ぜひとも観光コースを外れて自分で好きに計画を立てて遊びに行ってください。とは言え沖縄はほとんどの場所が観光地で、観光客が少なくともひとりくらいはいます。どんな場所をどう組み合わせてどう楽しむか、その過程を楽しみながら、よい旅をしてください。

 

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同行人いっちゃん、お世話になりました!ぎゃお〜

 

 

おまけの写真たち

 

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・310円でブルーシールアイスをとにかくモリモリ乗せまくってくれるおばちゃん

 

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ブルーシールアイスおいしいの顔

 

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・道端で三線を弾いていたおじさん。唄もうまい。素敵ですね!と言ったら「独学で3ヶ月前に始めたばっかり」とのことでびっくり。3ヶ月で路上ライブを始める自由さがすごくいい

 

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・公設市場で売っていた謎ショートケーキ。たぶんショートケーキじゃない。色がアメリカン

 

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・コンビニで見つけた泡盛コーヒー。インターネット情報によるとおいしいらしい。

 

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・沖縄のファストフード店はA&Wという店が一般的なようで、そこはルートビアが飲み放題なんだけど、ヤツの味は本当にやばい。通称「飲むサロンパス

 

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・デザイナーが見たら発狂しそうな駐車場の看板

 

 

これから沖縄で遊ぶ人に読んでもらいたい備忘録 - オキナワアクティビティ編-

 

2. オキナワアクティビティ編

 

-2.1 首里城はスタンプラリーがすごい

 

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・どどーんと首里城かっこいい!!!

 

さてさて昨日に引き続き、今日は旅のメインアクティビティ編です。

 

到着初日の午後に訪ねたのは那覇の観光名所として名高き首里城。赤いでっかいお城。お城そのものだけでなく、首里城一帯のエリアをお散歩するのがとても楽しかった。

首里城へはゆいレールの終点である首里駅から徒歩15分ほど。駅からバスもあるけれど、散策がてら歩くと色々なお店が見られて楽しい。

 

 

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・途中、たこやき10200円、天ぷら1つ30円で売っているお店に寄った

 

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・おっちゃんが一人でやっている。帰りに天ぷら一つ買ったらもう一つおまけしてもらった。30円で芋天2枚という価格の破壊力

 

もし億劫でなければ、事前に中国建築と中世の日本の寺院建築について、サラッと知識を入れておくとより楽しめると思う。首里城の造りは中国と日本の建築様式を融合させた琉球独特のもの、という解説があったのだけど、ここが日本式!とかここが中国式!ということが分かればより味わい深かったと思う。

 

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・城壁が皇居みたいだけど、皇居と違ってとても綺麗に石の形が整えられている

 

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・縁側がありそうでない絶妙な高さと開け具合 内部の造りは完全に和室なのに、屋根のオレンジが鮮やかでおもしろい

 

で、首里城は敷地内にスタンプラリーがあるんですけど、これがめっちゃ楽しい。スタンプがある箇所からさらに奥に続く道へ進んでみると、思いがけない絶景スポットに辿りつけたりする。城壁から少し離れたところで城や街を眺めると、内側の雰囲気とはまた違った趣があってたいへんよい。

 

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・一番大きな正殿だけでなく、城内の建物すべてが見渡せるポイントとか

 

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・謎の鳥が大量発生しているポイントとか

  

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天空の城ラピュタみたいなポイントとか!

 

 

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・こちらがゆいレールの1日乗車券

 

首里城に行くならゆいレールのワンデーパスをオススメする。24時間ゆいレール乗り放題で700円。首里以外のどの駅でも下りられるので、空港(ワンデーパスを買う)→宿の最寄り駅(荷物デポ)→首里→ご飯のおいしいお店の最寄り駅→宿の最寄り駅みたいな使い方をすれば半日で勝ち組です。

沖縄の切符改札って面白くて、切符下部にある四角いQRコードを改札の読取機にかざして通る。東京にはないハイテクぶりに興奮した。

 

 

-2.2 慶良間諸島シュノーケリング

 

滞在2日目はシュノーケリング。メインイベントだったため起床即超ワクワクだった。

今回お世話になったのはシーマックスダイビングクラブさん(http://www.seamax.co.jp/) 朝7時半過ぎに宿まで車でお迎えに来ていただき、20分ほど走ったところにある港からすぐ船に乗って慶良間諸島に向かった。一回店舗などに寄って説明などを受けるのかと思いきや、あれよあれよという間に船に乗せられウエットスーツを渡される。

 

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・船の内部はこんな感じ おおきなベッドに乗っかって他の参加者さんやインストラクターさんとみんなで海に向かう

 

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・ウェットスーツは暖かいけど脱いだ瞬間寒くて心が死ぬ

 

1日目は首里城国際通りしか行かなかったので、沖縄で初の海。慶良間諸島の海、めちゃくちゃ青い。それからめちゃくちゃ広い。青いというだけでは足りない。青さに太陽の金色が含まれて、魔法の水みたいだった。

 

 

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・遠浅の海が青い青い!

 

船はだっぱんどっぱん揺れる揺れる。普段乗り物酔わない人も酔い止め薬は必須だけど、酔い止めはすごく眠くなるので、飲む量は気をつけたほうが良い。

あと、一瞬のことで写真は撮れなかったが、なんと野生のクジラに出会った。最後に一瞬ひるがえった尻尾は確かにクジラのそれで、本当に海にクジラっているんだな〜とジワジワ感動した。

 

シュノーケリングというと浅瀬でメガネをつけてぱっちゃんぱっちゃんやっているイメージがあったけれど、今回は昼ごはん挟みつつ慶良間諸島3つのダイビングポイントを周った。泳ぐポイントの水深は数メートルで、深いところとなると10メートル超えのところもあるので、水泳が苦手な人は最初少し怖いかも。でもウェットスーツは浮くし、シュノーケルをくわえていれば呼吸はできるので問題ないです。

 

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・ウェットスーツに着替えてフィンとシュノーケルをセットしたら、船の後ろからそのままダイブ。当たり前だけど足がつかなくて楽しい。水に吸い込まれそうになる。

 

沖縄に来るときは必ず海に潜ろう!と決めてしまったほど、海の中は楽しい。普段陸地で生活しているせいで、海の中の生きもの、色、音、匂い、動き、ぜんぶが楽しくて珍しい。海の中を見ながら静かに泳いでいると、次第に波と身体のなかにあるリズム感が揃ってきて、地上では絶対に味わえない「あ、人間は海から生まれたんだな…」という心地が訪れる。珊瑚、魚、水、水、水。サメとかイカもいた。大量のナマコもいる。

 

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・今回3本目に入ったポイント 近くは無人島ばかりだけど、ひとつだけお年寄りが5人暮らしている島があるとか

 

それなりに体力がある人は沖縄に来たらぜひ海に入ってほしい。次は絶対にダイビングしたい。

 

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・船はグオーっとすごい音で風を切って進むが、実は原付より遅いらしい。遠くにうっすら見えるのがさっきの慶良間諸島

 

 

-2.3 久高島を歩く

 

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KU・DA・KA・ZI・MA!!!!!地球は青かった!!!!!!!

 

3日目は東にある久高島という離島に行ってきた。ここは事前に行こうと決めていたわけではなく、出発前夜に母から「沖縄ね~久高島いいよ~。なにがいいかよく分かんないけどいいんだよね~」という語彙のないリコメンドがあり、3日目の予定だけもともと空けてあったため行ってみた。結論、めちゃめちゃよかったです。

 

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・港にいるお船みんなかっこいい

 

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・港に向かう道にデカい目立つ小屋があって、メエ〜メエ〜って聞こえるから中を覗いたらこれです

 

那覇の都心からバスで1時間、安座間サンサンビーチのバス停から歩いて5分ほどの港に向かい、そこから高速船に乗って15分ほどで行ける。交通費は都心から往復で2500円ほどなので、コスパ良く静かな海を半日か丸一日眺めたい人には絶対オススメしたい。

 

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・これに乗ったわけじゃないけど、米津玄師の歌詞に出てきそうな船だなと思った

 

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・ちょっと曲がっちゃったけど到着!

 

久高島は人口200人程度の静かな小さな島で、住んでいる人は祈りや信仰、祭禮と非常に強く結びついた生活を送っている。本当に静かな島だった。最南端の岬に向かう道の両側はジャングルのようで、風の音すら届かない。

 

港近くにいくつか貸し自転車屋があるが、料金を見てみたらどこも3時間1000円という強気な価格設定だったので、「往復で7キロくらいなら歩くか」という結論に達した我々は歩きました。暑かった。暑かったけれど、道中牛の小屋や小さな住宅街でねそべる無数のねこ、誰も来ない白浜の海などを見つけられたのでよかった。

 

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・久高島猫見つけられるかな

 

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・暑さとの戦いが始める道 日を遮るものが何もない

 

港付近以外はトイレや自販機、売店などが一切ないので、特に歩いて島を縦断する人は水分補給と菓子パンやおにぎりの装備をしっかりしていったほうがいい。

 

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・ジャングル一本道をひたすら歩いていくと…

 

 

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・カベール岬の海だ〜〜〜〜〜!!!! この景色を独り占めできる

 

港から歩いて1時間弱でカベール岬という最南端の岬につく。ここから眺める海は、いままで見たことのあるどこのどんな海よりもうつくしかった。岩がゴツゴツした地形なので、ここを歩くときはサンダルより運動靴の方がいい。岩の先に座っていると、身体の中に海の風と波の音がどんどん流れ込んでくる。

 

 

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・さっきのジャングル道を突っ切ってみたらこんなところに

 

カベール岬以外にも、メインの道を外れたところにある秘密基地のような浜を探すのも楽しい。自転車を借りる人はたいていカベール岬にしか来ない。徒歩で移動していると、誰もいない浜辺をふと見つけたり、御嶽(ウタキ)と呼ばれる島の人たちの祭禮の空間を(外側からだけだけど)見たりすることもできる。自転車だとどうしても見飛ばしがちになるので、時間があれば徒歩での散策をぜひオススメしたい。

 

 

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・港近くの売店で売っていた花豆シェイクなるものがとてもおいしかった顔

 

 

 

-2.4 本島最北端へ

 

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・北部は山と森のスケールがでかい

 

観光できる最後の日であった4日目は、バスツアー(http://www.jumbotours.co.jp/okinawa-hip-hop-bus/japan/course_c.html)を利用して本島北部に行ってきた。大石林山と美ら海水族館に行きたかったのだけど、那覇周辺からレンタカーで行くと2時間近くかかってしまう。そしたら都合よくその2つと本島最北端の辺戸岬を廻ってくれるバスツアーを見つけ、即決で予約した。すべての観光地の入館料とJALプライベートリゾートホテルの昼食ビュッフェ付きで一人8000円というお得さ。レンタカーを借りて高速代を払って入場料やお昼代も…と考えると圧倒的にコスパが良い。ツアーといってもバスに添乗員さんが2人同乗してくれるだけで、現地についたらすべて自由行動だった。ツアーの進行上、辺戸岬や大石林山にあまり時間をかけてもらえなかったのだけが心残りだったけれど、そもそもレンタカー特攻でその2つのポイントを目指すのがけっこう無謀だったので(次の日の飛行機が早朝発で5時起きだった)行けただけでも満足だった。

 

 

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・中部や島々の海とはガラッと雰囲気が変わる

 

最北端の辺戸岬は、大きな尖った岩の甲羅を持つ動物の背中のような、不思議な地形をしていた。断崖絶壁下には透けた水色の波が押し寄せているが、遠浅の海は青と灰色の混ざるような色で、照り返す太陽がひたすらまぶしかった。

 

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・ここはどこの惑星?

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・岩がみんな青くて動き出しそう

 

観光スポットとしてはアクセスの悪い場所にあるせいか、人影もまばら。飲食店などもほとんど近くにないので、途中通る大宜味村あたりのローソンなどで水と食料をちゃんと準備していく必要あり。海に向かって広がる岩場の地形はすごく面白いので、2時間くらいは楽しくいられると思う。大宜味村あたりの海もものすごく綺麗だったので、今度来たときは大宜味村に泊まりたい。

 

 

-2.5 地を這うほうが楽しい大石林山

 

辺戸岬から車で10分もかからないところにあるのが大石林山。いわゆるパワースポットとして観光地化しようとしているけれど、神秘的な雰囲気というよりはちょっとしたジャングルのトレッキングが味わえる小高い丘のような感じ。コースが4つあって、美ら海コースという、展望台から北の海を一望できるコースがメジャーなようだった。

 

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・高いところから見ると地球がぜんぶジオラマみたいね

 

海もジャングルも見られる絶景コースで、道中色々な岩がズンズン地面から生えていておもしろい。名前もおもしろい。撮るとイマイチ迫力がなかったので写真はあまりない。

 

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・岩ドーン

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 ・岩ドドーン

 

美ら海コースもおもしろかったんだけど、個人的にはもう2つの亜熱帯の樹々の森を散策するコースと、岩が美ら海コースよりももっとたくさん突き出しているコースも散策してみたかった。時間の関係上、森のコースにほんの少し入り込んでみただけなんだけど、山から海を眺めていたときより、森に入ったときのほうが元気になった気がした。木漏れ日が気持ちいい。山やジャングルとひとつになったようなライブ感がある。残念ながら今回はご縁がなかったけれど、次に来たときはぜんぶのコースをゆっくり歩いて廻ろうと思った。

 

 

-2.6 ジンベイザメとマンタになりたい

 

修学旅行で美ら海水族館に行った記憶はあったんだけど、何がいたかあまり覚えていなかった。チンアナゴを見てみんなでギャーギャー言っていた気がする。

けれど今回再び訪れてみて、美ら海水族館の大ファンになった。あとジンベイザメとマンタの大大大ファンになった。

 

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・入場して初めて見る水槽。これは間違いなく海だ…!

 

美ら海水族館は、とにかく「海」の使い方が素晴らしい。入場ゲートを通って真っ先に目に飛び込んでくる水槽は、まさにシュノーケリングでわたしたちが見た海そのものだった。きらきらゆらゆら光る青くて青くて透明な水。小さな魚たちと珊瑚。あの海に飛び込んだ瞬間の気持ちが鮮烈に思い出されて言葉が出なくなった。海の水を引いて、水槽の上から太陽の光をいれているのがいい。入場ゲートを入って最初の水槽とジンベエザメとマンタの水槽がとにかくすごくいいので、ぜひ足を止めてみてほしい。(いいしか言ってなくてすみません。でもいいんだよ)

 

 

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・こんなに美しい生きものがこの世にいるのか

 

ジンベイザメとマンタが大好きになった。水槽がでかい。考えられないくらいでかい。水槽の厚さだけで我が家の壁の10倍くらい厚そう。でかい。人間が何人群がろうと決して抱えきれないほどでかい。そのなかをジンベイザメとマンタがふわ~んと泳いでいる。彼らは決して急いだり焦ったり焦らしたりしない。エサが撒かれればあっちへふわ~ん、向かいから大きなエイがぶつかってきそうになったらこっちへふわ~んと流れるように泳いでいく。「生きものの余裕」として圧倒敗北を感じた。また彼ら、顔が可愛い。体のフォルムも優雅だ。ジンベイザメは一口エサを食べるとき一緒に100リットルの水を飲むらしいが、咳き込んでむせたりもしない。水太りもしない。学歴とジェンダーとかももちろん気にしない。もういろいろと圧倒的にすごくて優雅で、彼らの柔らかそうなお腹のあたりに頬を寄せて泣きたくなった。

 

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もともと生きものや水族館が好きだけど、美ら海水族館でマンタとジンベエサメのことが本当に好きになった。

 

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また会いたい。でもあのスケール感で彼らに会えるのはおそらく美ら海水族館だけなので、次沖縄に来たときはまた美ら海水族館に会いに行くつもり。

これから沖縄で遊ぶ人に読んでもらいたい備忘録 - 序 & 宿、交通編-

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慶良間諸島水深の5メートルの海

 

卒業旅行のシーズンである。卒業旅行と言えば沖縄だ。もしかしたら海外や京都やどこかの島に行く人もいるかもしれないが、なにはともあれ沖縄である。

 

本当はこの冬、北海道で流氷の上を歩きたかったのだけど、車の免許がないと歩ける場所まで集合すらできないことと、冬の北海道は流氷ウォーク以外のアクティビティにおいてそもそも「出歩く」ということが誠に困難であるため、沖縄に海を見に行った。結論、沖縄に行ってめっちゃよかった。

 

沖縄、いいよ。すごくいい。「沖縄に観光」というと、国際通りの喧騒、屋根でニコニコしているシーサー、青い海、美ら海水族館で泳ぐ魚なんかを思い浮かべる人が多いと思う。確かに間違ってはいないけれど、それは修学旅行の楽しみ方だ。もうひとつ言えば、修学旅行では必ず平和祈念公園に連れて行かれて、夜は戦争を生き抜いたおじいちゃんやおばあちゃんから話を聞く会みたいなのが設けられる。あの夜、お話会にSlipknotのライブTシャツを着てきたOM美は元気だろうか。

  

 

そう、多くの人びとにとって「沖縄旅行」の記憶は修学旅行で止まっている。それかグループ旅行。一人旅や二人旅で沖縄に行ったという人はあまり見かけない。グループ旅行にありがちなこととして「歩きたがらない女子」というのがいる。疲れた~歩けな~いもうホテル帰ろ~?と言う。それから踏んだらチワワくらい簡単に殺せそうな高いヒールを履いている女子もいる。そしてそういう女子たちは大抵地元の地味な食堂には入らないし、離島を端から端まで8キロ歩いたりもしない。そういうわけでグループ旅行となるとどうしても行動が制限されがちになって、観光する場所は自然と「みんなが遊べる適度にハズさないアミューズメントが用意されている場所」ばかりになってしまう。

 

沖縄という場所は歩いて動き回ってこそ楽しい。本島を訪れるのは修学旅行以来だったけれど、今回の旅行でそう確信した。

というわけで、備忘録と「これから沖縄に旅行するよ!」というひとへの参考を兼ねて、今回の沖縄旅を雑に記しておく。特に「人が多い観光地を周るだけではつまらない」とか「アクティブに動くのは嫌いじゃない」という人は是非読んでみてほしい。「国際通り楽しいよね~☆海見に行きたいけど日焼けは嫌だな~☆お昼はおしゃれカフェでオーガニック食材100%のご飯を食べて、沖縄のスピリチュアルパワーを貰いたい☆」という女子には向かない記事なので、そういうひとはブラウザを閉じてほしい。

 

以下、

1. 宿、交通編

2. オキナワアクティビティ編

3. ご飯編

3つに別けてそれぞれ別記事としてお送りする。通して読めばストーリー仕立てだし、気になるところだけを読んでもらってもかまいません。お付き合いください。

 

 

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今回の同行人いっちゃん

 

 

1. 宿、交通編

 

-1.1 コストを抑える旅の術

 

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コスト削減の術において今回一番賢かったのは、間違いなくJALじゃらんパック(http://www.jalan.net/dp/jal/) を利用したことだった。これは簡単に言うと往復の飛行機と宿泊がセットになっているパックプランで、飛行機(もちろんJAL)の時間や宿は自由に選べる。もしかしたら宿によってはパックにできないところもあったのかもしれないが、沖縄で見た限りはかなりの種類の宿を選べるようだった。このプランのおかげで、往復の飛行機代+45日の朝食付きビジネスホテル代がすべて込みでなんと33000円。今回泊まった宿は普通に予約すると一泊5700円だったので、飛行機と宿を別々に予約する場合と比較すると宿代がほぼ浮いた計算である。すごい。すごすぎる。旅行サイトには早割やさまざまなキャンペーンがあって調べるのにはちょっと苦労するが、根気強く自分の旅程に合わせた割引プランを探してみると良いと思う。ちなみに今回利用したJALじゃらんパックは早割や学割などを利用したわけでもないので、本当にこのパックの力のみでこのお値段だった。

 

旅行において何にお金をかけるかというのは個人差がとても大きい。オーシャンビューやふかふかベッドにお金をかけたい人もいれば、美食の限りを尽くす人もいる。わたしは、一緒に行く人と楽しめるアクティビティに一番お金をかけるタイプだ。宿は小さなビジネスホテル、ご飯は地元の食堂や自炊でなるべく安めに抑え、日中の遊びに体力と財力のすべてを注ぎ込む。今回は予期せずご飯にちょっとお金を使ったけれど、沖縄は日常の料理そのものが普段食べないようなものばかりなので、いい思い出になった。

 

 

-1.2 宿の立地はめちゃくちゃ大切

 

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美栄橋駅の目の前 駅から出たら暑くてびっくりぽんちゃん

 

今回宿泊したのは、美栄橋駅の近くにあるビジネスホテル。宿について痛感したのは、国際通りと駅から徒歩15分圏内の宿は本当に便利だということだった。飲食店が多く、スーツケースを長い距離引っ張らなくてもよくて、海の方面に出るバス停などにも歩いて行けるからだ。

 

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ゆいレールの車掌さん 制服がすっごく素敵!

 

沖縄には「ゆいレール」という那覇空港から首里までを結ぶモノレールがある。というか、沖縄の電車はゆいレールしかない。国際通りに近い停車駅は「美栄橋」「県庁前」「牧志」の3つで、観光アクセスの良さを考えるとこの付近の宿をおすすめしたい。公設市場や盛り場からほんの一本ズレた通りにある地元の食堂なんかは本当にリーズナブルにおいしいものが食べられるので、この3つの駅付近で宿をとると、夜が遅くなってもご飯に困ることはない。また、南部や中部をメインに観光することを考えると、公共交通機関を使えばレンタカーより安くかなり遠くまで行けるので、バス停や駅はなるべく徒歩圏内であるほうが便利だ。

美栄橋と県庁前周辺の方が牧志周辺よりもビジネス街寄りで、ガヤガヤした雰囲気はそんなにない。牧志周辺は夜でも明るく繁華街のような雰囲気があるが、居酒屋などで毎晩飲みたい人にはいいかもしれない。

 

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・駅で見慣れない地名を見ただけで旅感高まるよね

 

 

-1.3 公共交通機関だけでだいたいの場所へ行ける

 

 

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・高い建物がないのでモノレールがジェットコースターみたいで楽しい

 

先ほども少し述べたけれど、北部と北部寄りの中部以外はかなり遠くの場所までバスで行くことができる。本数は行先によってまちまちだけど、国際通り周辺はとにかくバスが多い。レンタカーを借りるのももちろんアリだけれど、車の量が多く運転の遅い車が多いため、一般道はけっこう渋滞しやすい。レンタカー代や高速代、運転手の疲労度など諸々を勘定に入れると、バスは効率的な交通手段だと思う。

また、ツアー会社がホテルまで送迎をしてくれることもある。楽しみたいアクティビティが決まっているなら、あらかじめ送迎付きのツアーをしてくれる会社を探すと良いかもしれない。送迎エリアも地域が国際通り周辺に限定されている場合があるが、そうした兼ね合いから考えても先述した3つの駅付近に宿を取れば、基本的には送迎をしてくれる場合が多い。

 

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・沖縄はもう桜前線がきてます

 

 

>> 次回、2.オキナワアクティビティ編に続く