羊とメトニミー

過不足なし

20180711 慢性的な疲れ

 

慢性的な疲れがずっととれていない気がする。いつからなのかは、正確には思い出せないけれど。

 

疲れると、たいてい寝るとか食べるとか、あるいは体を動かすとか、整体に行くとか、そういうことをしてきた。だけど最近やっと気づいたのは、そういうやつじゃいい加減誤魔化せないってこと。地面の上に「日々の疲れ」がドスンドスンとブロックのように乗っていて、食べる寝る運動整体などをするとそのブロックは消えるんだけど、そもそも地盤がグラグラなのだ。病院に通っても何をしても、ずっとグラグラ。それがおそらく人生をすこし暗いものにしてしまっているのかもしれない、と思う。

 

地盤の歪み。いつからだろう。いつからわたしは「疲れた」と感じるようになったのか。

 

小学生の頃はたぶん、ほとんど感じていなかったと思う。初めて「疲れた」と意識して口にしたのは、中学生の頃だった気がする。そのときはけっこう切実に「生きているの、疲れた」と思っていた。たぶん、あのときからなのかな。ずっと疲れているのは。

 

小学生から高校生が終わるくらいまでにかけて家庭環境がかなり荒れていたなかで育って、そのなかにいることに「疲れてしまったんだ」と気づいたのが14歳くらいの頃のこと。いらい、ずっと居場所がない気がしている。心の休まる場所がどこにもない。誰かと一緒にいるのもすごく疲れる。誰かと付き合っていてもそのひとの隣が自分の居場所だと思えることはほとんどなかった。自室にひとり引きこもっているのがいちばんいい。結婚は同じマンションの中に二部屋とかで、軽い別居婚くらいがいい。

居場所がない、というのは、安心できる場所がないということに等しい。安心できる場所がないと、地盤の歪みはきっと解消されない。ここがわたしの安心できる場所、という場所を見つけられるまで、きっとずっとなんとなくいつも疲れていて暗いままだ。

 

かつて欲しくて欲しくてしかたなかったけれど、結局手に入らなかったもの。このさきどうがんばったってそれは手に入らないし、べつのかたちを見つけて満たしていくしかない。それが「癒やす」ということなのかな。どうしたらこの疲れは、癒やされていくのかな。