きみのお祭り

死ぬまで盛り上がっていけ

犬が生死の境目にいて、何が正しいのかわからない

今年14歳になる犬がいる。14年前、わたしが道端で死にかけていたやつを拾ってきて、それ以来この犬一匹のために母親が家出をしそうになったり新築の一軒家を買ったりと、まあ犬が我が家に与えた影響は計り知れないほど大きかった。ふわふわで、目がくりくりしていて、茶色くて、胴が長くて、ちょっとふとっていて、のんびり屋で、寝ることと食べることが大好きで、ほっておいてほしいくせに床に座ると必ずこっちに来ては尻をくっつけて寝る犬。うつくしい犬。おだやかな犬。

 

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その犬が、2日前から重い肺炎にかかっている。詳しい経緯はつらくなってしまうので書かないけれど、いまも動物病院のICUで酸素を全然吸い込めないまま、きっと眠れない夜を過ごしている。寝るのがあんなに大好きなのに、息がうまく吸えないせいでもう2日間くらいまともに眠れていない。それを思うだけで胸が苦しく、隔離部屋の小窓から手を差し込んで顎の下を撫でてやると虚ろだった目をほとんど閉じて眠たそうにしているのを見ると、とにかくはやくよく眠れるようになってほしい、と心から思う。

 

犬が肺炎にかかったのを最初に察知したのは妹だった。そのとき、偶然わたしも母も家をあけていて、次の日にならないと帰れない状況だった。ちょうど前の日に東京では信じられないほどたくさん雪が降ったので、わたしは犬を連れ出して道端でやつを遊ばせていた。もう14歳になるのに、犬は雪が大好きで大好きで、普段の散歩なんて分速5歩くらいしか歩かないくせに、その日ばかりは寒い中あっちへこっちへ駆け回っては短い足でかりかりと雪を掻いた。

 

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雪が似合う犬。うつくしい犬。

 

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肺炎の原因は雪の中を遊ばせたせいじゃないかと真っ先に思った。しかしお医者さまいわく、何が原因であるかはわからないらしい。歯の汚れから細菌が入ったせいかもしれないし、歳のせいかもしれないし、はたまた別の原因かも知れず、ともかく雪で遊ばせたから肺炎になったわけではない、ということだけを教えてくれた。べつに、だからといって気持ちが楽になるわけでは全然ないのだけど、今度犬が帰ってきて雪が降ったときは、全身にぴったり合うもこもこのジャケットを買ってやり、靴下を履かせて遊ばせようと思った。

  

母は、犬が危篤になったことを自分のせいだと思っている。最近犬がなんとなく元気がなさそうだったのは事実で、しかし急に寒くなったせい、くらいに思って、わたしたちは病院に連れて行こうとはしなかった。もう歳だし、病院に行って痛い検査をされたり、冷たい台の上に載せられたり、大量の苦い薬を出されたりするくらいなら、おだやかに家で過ごさせてあげたいね、と話し合っていた。

けれど、今回突然夜中に犬が肺炎にかかって、妹が電話をかけてきて、その瞬間から母はずっと自分の選択を責めている。どうして病院に連れて行かなかったのか。なぜ元気のない犬を置いて家を2,3日離れることにしてしまったのか。犬が肺炎にかかったとき、もっとなにかしてあげられることがあったのではないか。

仮に母が家をあけなかったとしても、この大雪のせいで駐車場には大量の雪が溜まっていたので、車を出して夜中に救急に連れて行くことは不可能だった。タクシーなんて走っていなかった。数日前になんとなく元気がなかった犬が突然肺炎になるなんて、誰も予想はできなかった。妹はほとんど寝ずに一晩中犬の世話をして、翌朝朝一番に10キロのケージを担ぎ、ひとりで1キロ離れた動物病院まで歩いて犬を連れて行った。

 

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 わたしは、犬が帰ってきたら、どうやって犬と過ごそうかばかり考えている。寒い思いをさせないように、さみしい思いをさせないように、散歩はこれくらい、餌の量はこれくらい、日中はカーテンを開けてたっぷり太陽を浴びせてやり、雪が降ったらもこもこのジャケットと靴下を着せてやる。

母は、犬が生死の境目にいることの原因ばかり考えている。自分のあれがいけなかったのではないか、これがいけなかったのではないか、どうしたら肺炎を防げたのか、自分の用事よりも犬を優先させなければ、この先犬と生活するのはむずかしいのではないか。

 

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 何が正しいのか、わたしにはわからない。原因ばかりを追求しても犬が苦しいことに変わりはない、と、どこか冷たい目で母を見つめてしまっている自分がいる。しかし、原因を探したい気持ちも痛いほどわかるし、やっぱり雪のせいかな、と思ってしまう自分もいる。犬が雪の中を走り回っていた動画を見ては涙がでる。また犬と遊びたい。はやく帰ってきてほしい。だけどいま、どんな気持ちで犬のことを考えれば良いのかわからず、苦しい。明日も朝から、犬に会いに行く。頼むからもう少しだけ一緒にいさせてください、どうか。