きみのお祭り

死ぬまで盛り上がっていけ

レッサー・ユリィの話

2022年美術館初めは、去年の秋から気になっていた三菱一号館美術館の展示へ。
もともと印象派の絵画、特にコローとかピサロの描く自然の風景画がとても好き。彼らの描く絵は、おおきな自然に似ている。そのなかにいると肺がひらいてたくさん息を吸えて、頭のなかのこまごましたあれこれが消えて、透明になっていく心地がする。光と水と風。それらは色やかたちを持たないのに、印象派の人々のすごいのは、それらをキャンバスのうえに色やかたちとして描き出してしまうところだと思う。
 
印象派の風景画をたくさん見たいなという気持ちで足を運んだが、一番の収穫は、レッサー・ユリィという人と出会えたこと。今まで日本ではあまり知られていなかったそう。
この記事にもある通り、たしかに彼の絵の前では足を止めざるをえなかった。

なるべく点数を減らしたい三菱一号館側は、一般にはそれほど知られていないレッサー・ユリィを希望リストから外したが、何度送ってもイスラエル博物館側はユリィの展示にこだわる。逆に当初リストになかった《風景》という作品を追加してくるほどだった。

ここを読んで、心底「ありがとうイスラエル博物館……」となった。順路のままに進むと、展示で最初に目にすることになるユリィの作品がこの「風景」なんだけど、ほんと、一瞬で目を奪われてしまった。

 

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「風景」のみ撮影OK

空や森や土のあいまいな輪郭が、手前の木や水面の透明でパキっとした感じを際立たせている。このコントラストは生で見るとくぎ付けになってしまう。木の枝や夕日が反射する水面の色づかいもたまらない。右側に色とかたちがまとまっていることもあり、左半分の水の透明さや空間が強調されて気持ちいい。官能的で、すっかりまいってしまった。

 
「夜のポツダム広場」もすばらしかった。写真はNGだったけれど、先ほどのリンクの記事に掲載されている。実物の前で30分くらい見てたし、ポストカードも買いました。
 
ユリィの絵は、パキっとした描写と、印象派らしいやわらかい描写の組み合わせ(構図も色もかたちも)がほんとうに絶妙。光るところと暗いところ、かたちのあるところとないところ。そのふたつが混ざり合って、夢なのか現実なのかわからない心地よさがある。ユリィの描く光や水や風は、ユリィにしか描けない。
 
イカで撮った写真が好きな人は、ユリィの絵も好きになるんじゃないかな。もしかしたら逆かもしれない。印象派やユリィの絵が好きな人は、ライカの写真が好きになる、のかも。ライカも「空気を写す」カメラだから。ライカといえばソール・ライターを思い出す。あの展示が好きだった人は、ぜひユリィに会いに行ってほしい。