きみのお祭り

死ぬまで盛り上がっていけ

香川県丸亀市という土地

尾道今治しまなみ海道を走ったあと、前々からずっと食べたいと思っていたものを食べに行くことにした。香川のうどんである。

土地と料理のイメージの結びつきにおいて、「香川とうどん」ほどの強さを持つペアはあまりないのではないか。少なくともわたしは、同レベルであれば「北海道とジンギスカン」「大阪とたこ焼き」くらいしか知らない。昔から気にはなっていたものの、それを食べるためだけに東京から四国へ行く元気はなく、ずっとうすぼんやりした憧れのままになっていた香川のうどん。今治の宿で「そういえば愛媛と香川は隣だった」と思い出し、せっかくの機会なので鈍行列車で丸亀まで足を延ばすことにした。

日本一小さい県とは言え、香川だってそれなりに広い。県庁所在地の高松に行けばまず間違いなくうどんは食べられるだろうが、香川に来てわざわざ中心都市に行くのも野暮な気がしたので、今治から見て高松の手前、丸亀に行くことに決めた。丸亀製麺で有名な丸亀であればうどん屋はあるでしょう、という見立てだけで、特に下調べもせずに出発。

結論、行ってよかった。たった数時間の滞在だったけれど、丸亀という土地の空気や食べものを好きだなと思える旅になった。

うどん

丸亀に着き、Googleマップを頼りにうどん屋を探す。駅から徒歩10分圏内に数軒あったので、中でも一番評判の良いところを選んだ。ちょうど正午を過ぎたくらいで、店の外にまで10人近く行列していたが、回転が速いのでものの5分で店内に吸い込まれる。

かけうどん250円、ぶっかけうどん290円、牛肉なんかが乗ったのは300円台から400円台。揚げ物やいなりずしが120円。安い。そして予想をうらぎらずおいしい。そしてボリュームがすごい。これまで同じくらいおいしいうどんを食べたことはあるが、「本場で安くおいしくお腹いっぱい食べる」という経験がおいしさをいっそう印象深くしてくれる気がする。

一軒だけではもったいないと思いもう一軒。「年季」と「小汚い」のギリギリのラインを攻める店構えに、意思疎通があまりうまくいっていない老夫婦により営まれているお店だったが、釜玉うどんはしっかりおいしい。300円。後で調べたら直近の口コミでめちゃくちゃに悪口を書かれていたが、「おっちゃんおばちゃんのやってる昔ながらの地元のうどん屋」という期待だけで入れば十分満足できる。口コミマーケットがいかに拡大しようとも、自ら飛び込んでみないとわからないことはたくさんある。

うどん屋

それにしても、地元で愛されているうどん屋には色々なお客さんが来る。地銀のモダンな制服のOLさん、作業着のおやっさん、家族連れ、パンクな若者、歩行器のおばあちゃんと車いすのおじいちゃん夫婦、わたしのような旅人。老いも若きも皆が目の前の一杯に真剣に向き合い、無言でうどんをすすり続ける。噛みごたえとボリュームのせいで、しゃべっているどころではないのだ。無言もぐもぐの波があちこちで起こる昼下がりのうどん屋には、うどんトランスとも言うべき独特の空気感があった。

しかし香川県人、すごい速さでうどんを食べる。わたしも食べるスピードは決して遅くないほうだが、こっちが一口を飲み込むまでのあいだに、三口くらい食べている。一杯を食べ終わるまでのあいだに隣で食べている人が2回入れ替わってびっくりした。以前、香川県民は糖尿病患者の数だか死者数だかが全国のワーストで、原因は日頃からうどんをあまり噛まずに食べているせいではないか、みたいなニュースを見たが、実際に現地入りすると、たしかにそうかもしれないと思わせる迫力があった。うどんに対峙する香川県人、恐るべし。

丸亀うちわ

丸亀はうちわが有名らしく、漁港近くにうちわミュージアムなるものがあった。そのときはへぇと思って通り過ぎたが、帰り際に駅近くの土産物屋に寄ったら、店一面うちわうちわでびっくりした。愛想のいいよく喋るおばちゃんいわく、全国のうちわの7割は丸亀産らしい。一本の竹を細く割いてその両面に和紙と布を張った丸亀うちわを作れる職人は、丸亀にもう二人しかいないという。「あおいでみて。かろやかな風がくるでしょう」と言われあおいでみたところ、たしかに街中で配っているうちわとは風の感じが違う。何よりうちわの手馴染みがよくて軽く、風は涼しいというよりも気持ちいい。職人の手仕事に敬意を表して一本購入した。

どこから来たのかと聞かれ、しまなみ海道を走ってきた話をした。おばちゃんは目をキラキラさせて「すごいすごい!写真見せて!」と言うので、スマホで撮った写真や動画を見せたら、夢中になってそれらを見つつ、右手はずっと丸亀うちわであおいでくれた。その仕草がなんとも手馴れており、素敵だった。きっとおばちゃんにとってうちわをあおぐことは、箸を使うような日常の動作なんだろうなと思った。

丸亀城

電車まで少し時間があったので、付近をぶらぶらしていたら、丸亀城と書かれた看板を見つけた。高松に高松城があることは知っていたが、丸亀にもお城があるとは知らず、どんなものかなと思い、看板の指すほうへ歩いてみた。しばらく歩くと、広い道路のあいだから突如濠と高い石垣が見え、かなり高くのほうにちんまりと丸亀城が鎮座していた。石垣は高いわりに丸亀城はほんとうに「ちんまり」という感じで、かわらしい。きっとこのお城は丸亀に住む人々にとって大切なシンボルで、丸亀城はあの高さからやさしく、しかししっかりとこの街を見守ってきたんだろうな、と感じられるたたずまい。

先ほどの土産物屋のおばちゃん曰く、丸亀城は4年前の大雨で石垣が一部崩れてしまい、今も修復がされていないらしい。石垣を治す職人たちが同じ大雨で崩れた熊本城の修復に出払って、丸亀城は後回しとなり、しかし熊本城の修復が終わったから、やっと丸亀城のほうの修復が始まるのだそうな。

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丸亀、おすすめです。この夏、旅行の行先に迷ったら、ぜひ丸亀へ。すぐそばが瀬戸内海で、電車も高松から愛媛の松山にかけて走っているので、飽きても行先には困らないはず。うどんとうちわとかわいいお城、大きな港、たくさんの船。丸亀よいとこ、一度はおいで。