きみのお祭り

死ぬまで盛り上がっていけ

「していること」は言える。どこに行くかは知らない。

 

「院に進学?それとも就職するの?」

 

今年度、何度もいろいろな人たちからこう尋ねられた。そりゃあそうかもしれない。わざわざ大学4年生を1回休学して、日々何かをしているようだが、何をしているのかはよくわからない。進路の話をするとなれば、その具体的な方向性を問いたくもなる。

けれどわたしは、大学院に進もうと、就職をしようと、今やりたいことをやっていった結果、どこかに辿り着いているものだと思っている(思っている、なんて偉そうに言っているけれど、一年前はまったくそんなこと思えなくて、何がしたいのか、どこに行きたいのかに気を取られてばかりで、時間の濃い霧の中にへたりこんでいた)。どこか、とは、社会的身分としてという意味でも、場所という意味でも。だからこそ、そのときしていることには本気でぶつかってきたはずだし(そのせいで分野に脈絡はまったくなくなってしまったけれど)、自分のしたいことに不誠実であったり、状況のせいにしてそれから目を背けたりするようなら、それこそ右に倣えのごとく慣習や風潮に黙って堕ちるしかないと思っている。

 

他人からは、おまえは研究をしているのか、何の勉強をしているのか、就職はするのか、はたまた何か別のことを企てているのか、さっぱりわからないというようなことを言われる。そりゃあそうだ。わたしのしたいことは朝起きてみないとわからない。いくつか同時並行で面白がってしていることがある。これからどうするのかと問われても、「今日はおもしろいことの中のどれをするか」、これに尽きる。「好きなことをしている」としか言えない。すると変な顔をされる。甚だ説明しづらい。めんどうなので「進学するよ」と「はたらくよ」を毎日交互に答えている。奇数の日は進学、偶数の日は就職と答えている。

 

進路の決め方は、就職、進学、留学などと種類で大別できるものではきっとない。そんなカテゴライズで、決まってもいない当面の身の置き所の予定地を聞いただけで満足して去っていかれるのはちょっとちがうのでないかと思うし、さみしい。既存のカテゴリーに参照された身の置き所が「進路」なのではない。どこに行くのか分からない、何をしたいのか分からない、けれどどこかに行きたい、何かがしたい、という自分の声を聴くところからしか、進む路は見えてこない。わたしの進路は現在進行形の、あなたの目の前にいるわたし自身がこれでして、行き先が見えているから走っているのではなく、ただしたいことをしていると、はたからは走っていそうに見えるだけですと言いたい。

 

今「していること」は言える。学会発表が決まりました。声の知覚について本と論文を片っ端から漁っています。少しだけ英語もしています。山に登ります。フーリエ変換微分方程式に悩まされています。インターンをします。けれど自分がどこに行くかは知らない。きっと自分のしたいことを一番できそうな環境を嗅ぎ当ててぴょんと飛び込んでいくのだと思う。(というか、「飛び込ませていただいている」のだ。そのことは今年度一番強く感じたことかもしれない。何かをしているのではなく、受け止めてくれる人がいるから初めて何かができるのだと。語りだって文章だって、聴き手や読み手がいなければ、そこにそれは存在できない。)

どうしてそんな不安定なことをしているのかとも訊かれたけれど、この身のこなしかたが自分に一番似合っているから、としか言えない。似合うって大切だよ。いくら論理や風潮や常識に力があろうと、身体にしっくりくるということはごまかせない。お前それサバンナでも同じこと言えんの?という言い回しが一時期流行ったけれど、本当にそうなのだ。この論理や風潮や常識とやらは、サバンナでは、100年後では、きっと通用しない。四大卒の女は生意気で使えないから就職がない、なんて言われたのはつい30年前のことだ。だったらそんなものにすがらずに自分に似合うものを選んだほうがいい。進路も、服も、男の子も。

 

したいことから目を背けずに続けていった結果として身分がついてくるだけな気がしてならない。じゃあ、まっとうにこの時期から就活を始めて来年から職に就くひとはやりたいことを考えていないのか、というわけではもちろんない。本当に考え方の問題だ。社会的な立ち位置としての身分を得ることとやりたいことを今本気でやることのどちらが自分の性に合っているか、というだけの話で、結局はどこかに辿り着く。

目標はある。けれどそこにどう辿り着くかは問題にしていない。22歳を目前にしたわたしは、そう考えて日々何かをしている。これから進む路が進路なのではない。毎日毎日じたばたしてきた足跡を線で繋いでみると、路のように見えるだけだ。

 

 

知ってはいる。今こんな悠長に「したいことをしていればどこかに辿り着く」などと嘯いていられるのは、わたしに安定した身分が与えられているからであると。名前の知られた有名私大、4年生、休学中、実家住まい、めんどうを見てくれる先生がいる。パーフェクトだ。何も心配することがない。だったらもうこのご身分を使い倒すしか道はない。「世の中にはそんな余裕のないひとだっている」「ほんとうにわたしは恵まれていると思う」なんてしみじみフェイスブックに恵まれた環境大感謝ダチと両親マジリスペクトだぜメーンの意を綴っている場合ではない。モノを作れ、文章を書け、実績を作れ、学べ、勉強をしろ、社会に出ろ、人の話を聴け、全身で語れ。以上である。

 

 

あたりまえのように思われすぎていて見逃しがちだけれど、他人はそのひとの常識や経験や偏見に基づいて生きていて、わたしもわたしの常識や経験や偏見に基づいて生きていて、だから、この二者がコミュニケーションを交わすというのは、実はものすごく複雑なはたらきなのだ。

誰かと話をしているとき、「わたし」以外の目線や枠組みからの考え方もある、ということにだけ想像力をはたらかせるのでは不十分だ。目の前の相手の目線や枠組みの構造に想像力をはたらかせること、しかしその目線に立ってモノを見る(けれどよく使われるこの「人の立場に立ってモノを考えましょう」というフレーズの道徳的な側面にも思うところがあるので、そのことについてはまた後日話しましょう)だけではなく、その目線を見る自分の目線を常にかえりみること、そして「あなた」と「わたし」の視点の距離を全身でなぞることが、コミュニケーションであると思う。

この時期、進路決定を時期に迫られたひとたちは極めてナイーブであることもある。少なくとも去年のわたしは発狂寸前だった。「就職?進学?留学?」などと雑に表面的な質問だけを投げかけて、カテゴライズされた答えに満足して立ち去るようなことはしないでくれるとありがたい。進路に直面するひとと話す機会があったら、そもそも進路って何だと思う?というところから、はじめてみてほしい。

おまえは白馬の王子さまを待つだけで本当にいいのか

 

待つことが、けっこう苦手です。

だから、白いご飯は大好きだけれど、極限まで腹ペコのときの炊きたてご飯は苦手。熱くて食べられなくて、我慢できない気持ちが爆発してしまうから。

行列のできるナントカ屋さんも、あんまり得意じゃありません。「よし、今日は行列のできるナントカ屋さんにいくぞ!」という心の準備をしていれば全然平気ですが、お腹が減っているときにいつ食べられるかも分からないものを待つのは、あまり好きではないです。

 

 

どうやら巷には、白馬の王子さま、というのがいるらしい。

女の子はその白馬の王子さまを待つのがハッピーになるためのひとつの手段で、その王子さまに出会うために、日々自分の鍛錬を忘れないようにしなくてはならないとか。いや、ひとはけっこういい加減ないきものなので、そんなことを思って日々鍛錬に励んでいる女の子は少数派かもしれません。でも、別にそれでもいいと思います。女の子は可愛くてもブスでもみんな生まれつきプリンセスだってパパが言ってた、と、可愛い女の子が言っていた気がします。わたしも概ねそのとおりだと思います。

 

けどね

 

いや、だけどね

 

白馬の王子さまを待つのって、大変じゃないですか?

 

 

待つって、信頼がないと成り立たない、けっこうとうとい行為だと思います。

たとえば、もうぜったいに誰も来ない、何もあらわれない場所で、ひとは無意味に待つことはありません。いや、誰も来ない、何もあらわれない場所で待つとしたら、それはおそらく自分自身を待っているのだと思います。自分のなかのなにかが変わるのを待っているのかもしれないし、納得がいくのを待っているのかもしれない。けれど、自分以外のものを待つとき、ひとはかならず、相手に少なからず信頼と期待をしています。「かならず来る」と。あるいは自分を待っているとき、「かならず自分に出会える」と。

 

わたしは、たくさんのひとを簡単に信頼するのがあまり得意ではありません。それは、ひとに心をひらかない、という意味ではなく、自分の嗅覚にヒットしたひとのことは簡単に信頼できるけれど、そうでないひとに対して(言ってしまえば、いてもいなくてもあまり自分の人生に影響を及ぼさない、生活の中を通りすぎてゆくたくさんの人々を)信頼をするのが、とても下手です。ときにはとても近い関係になったひとですら、愛情と信頼が噛みあわなくて苦しく感じることもあります。

だから、わたしにとって見ず知らずの白馬の王子さまを待つという行為は、とても大変というか、あまり楽しいことではないように思えてしまいます。来るかも来ないかもしれない、しかも、どんなひとかすら分からない人を期待して信頼して待つのって、いったいどんな気分なんだろう。もし来なかったら?来てくれたとして、乗馬が下手で馬からよく落っこちるような王子さまだったら?乗馬の下手な王子さまと池の周りとちいさな林をお散歩して、「ここは僕たちだけの世界だね」なんて囁かれたら、わたしなら笑っちゃいます。わたしは、カッコイイ馬で北の大地まで駆け抜けたい。白樺の抱えきれないような森や、きらきら透き通る空気に触れたい。あとおいしい海鮮丼も食べたい。ウニとかボタンエビものってる贅沢なやつ。その道中にどんな暗くて寒い道があっても、キツイ上り坂があってもいい。

 

白馬の王子さまを待つより、わたしは乗馬を覚えます。

なんなら、マイホワイトホースを買うためのお金だって貯めちゃいます。

乗馬の練習中にときどき落っこちてひざ擦りむいたり、骨の一本二本折ったりしても、まあ別にいいです。いつ来るのか分からない、どんなひとかも分からない王子さまをただ待つより、ずっと。

 

先の可愛い女の子の言を借りれば、わたしだってきっと生まれながらにプリンセスです。今までは、自分がプリンセスのプリンセス枠からけっこう外れていることに落ち込んだり悩んだりすることが多かったのですが、最近は、いろんなプリンセスがいてもいいじゃないか、と思えるようになってきました。ふわふわきらきらしたドレスが似合う子も、ジーパンにパーカーの似合う子だっているはずです。待っているのがうまいプリンセスがいるなら、乗馬のうまいプリンセスだっていていいと思うんです。白馬の王子さまは、待つのがうまいプリンセスにまかせておけばいいかなって感じです。

 

わたしは、白馬の王子さまを待っているわけにはいきません。せっかちだから。ひざを擦りむいて骨折して、傷だらけになりながらやっと自分の馬を乗りこなせるようになって北の大地に走りだしたとき、気付いたら、横を併走しているナイスガイがいるかもしれません。北の大地まで傷だらけになりながら併走して、一緒においしい海鮮丼を食べてくれるナイスガイなら、信頼してもいいかな、って思います。そのひとこそが、きっとわたしの王子さまです。

 

 

21歳になって、半年ちょっと経ちました。まずは馬とお友達になれそうな服を探すところから始めなくては。

チョコレート断ちの観察日記

 

「チョコレートは頭の回転をさまたげるから食べないほうがよい」

 

みたいなことを、何かの論文だか記事だかで読んだ。海外のものだった気がする。そういえば昔、わたしはナントカチャイルドアカデミーという場所に通わされていて、母曰く、そのときも同じことをそこの先生に言われたらしい。子供にチョコレートは食べさせるなと。だからしばらくのあいだ我が家からはチョコレートが消えていたし、わたしも昔はそんなに甘いものを食べる子供ではなかった。

 

しかし、今のわたしはチョコレートが大好きだ。コンビニに行けば半分くらいの割合でチョコレートやチョコレート系のお菓子を買うし、夜寝るまえ、歯を磨いたあとでもどうしても食べたくなったら食べてしまう(そしてわざわざ一粒のチョコレートのためだけにまた歯を磨く)。ショートケーキとチョコレートケーキなら迷いつつもチョコレートケーキを選ぶだろうし、卒業するまでに一回はチョコレートフォンデュの食べ放題に行ってみたいと思っていた。

 

そう、わたしはチョコレートが好きだ。いや、チョコレートが好きだと思っていた。この実験を始める前までは。

 

「チョコレートは頭に悪い説」を15年ぶりくらいに改めて知ってから、なんとなく気になって1週間チョコレート断ちをしてみようと思った。ちなみにチョコレート断ちする前のわたしは毎日、少なくとも1日に1回はチョコレートを食べていた。好きというか、あるのが当たり前すぎて、ないという状態があまり想像できなかった。付き合い5年目の彼女かよ。ただやっぱり食べ過ぎだなあという罪悪感はどこかで常に感じていた。

 

1週間食べないと何か身体や頭に影響はあるのか。観察のメモを元にレポートします。

 

 

チョコレート断ち1日目

 

初日にして挫折しそうになる。たまたまこの日は頭をいっぱい使わなければならない日だったため余計に。考え疲れるとチョコレート独特のねっとりした食感と甘さが鼻に抜けていく幻覚をおぼえた。今回はダイエットではなく純粋にチョコレートの効果だけを見たかったので、チョコ以外の甘いものはオッケーにしている。けれど生クリームたっぷりのシュークリームを食べても、ずっしりあんこのつまったお饅頭を食べても、なんだろうこの渇き…という感覚に悩まされた。チョコレートじゃなきゃダメっぽい何かがある。呪いめいている。

 

 

2日目

誘惑が強い。本当につらい。香りの幻覚を殴りたい。(メモ原文ママ)

 

 

3日目

未だチョコレート渇きが続くけれど、前2日にくらべて弱くなりつつある。あんこで代用できるようになってきた。生クリームやプリンなどのたぐいはむしろ食べたくなくなった。材料に脂肪分が多いせいで余計に「チョコレートじゃない!」という感覚が強調されてしまうせいかも。おじいちゃんが買ってきてくれた妖怪ウォッチが墓場鬼太郎の時計だったみたいな感じ。

 

 

4日目

チョコレートの幻覚が消えた。幻覚が消えたら不思議とチョコレートの味が思い出せなくなった。あんこを食べ慣れたせいかもしれない。あんこだと後味が残らないうえにお腹にたまるので、前よりも甘いものそれ自体を食べる回数が減った。生クリームの類を食べてみたけど、味覚の基準が脂肪分から離れたせいか、5日前よりもそれらを美味しいと感じなくなった。これが一番びっくりしたかも。

 

 

5日目

チョコレートのことを完全に忘れる時間が長かった。頭の回転が早くなった気はまったくしないけれど、考えたり勉強をしたりしている合間合間にチョコレートに手を伸ばす習慣がなくなったせいか、前より勉強の持続時間は少しだけ伸びたかも。5分か10分くらいだけど。

 

 

6日目

チョコレートの味を思い出せなくなったせいか、以前どうしてあんなにチョコレート中毒だったのか分からなくなった。この日は珍しく甘いものは砂糖を入れた紅茶しか摂っていない。前より甘いものをとらなくても集中が持続するようになったのはたぶん間違いない。でも頭の回転はやっぱり変わらないようで、単純な統計学の式の理解に2時間かかってしまいメンタルがぶち壊れる。早く寝た。

 

 

7日目

もうしばらく脂肪分の多いデザートのようなものを食べていないせいか、家にチョコレートを使っていないケーキがあっても食べなかった。何をトチ狂ったのか氷をばりばり食べてた。氷がやけにおいしい。時代は氷だなと思った。

 

 

結論

しばらくチョコレートを食べないでいると、チョコレートのことを思い出せなくなる。集中力は少しだけ長続きするようになるかもしれないけれど、頭の回転は別に変わらない。

 

大きく変わったな〜と感じたのは、中毒状態を脱したこと。7日が過ぎておそるおそるチョコレートを一粒食べてみたけれど、一粒でいいやという感じになった。ああこんなの食べてたっけ〜と思う。前はひどいと1日に板チョコ3枚くらい消費してた。なんというか、チョコレート中毒は本当に際限がないのだ。頭を使っている間はチョコレートを食べないとやっていられないと勘違いしていたのかもしれない。好きという勘違いって、なんかせつないね。

 

大きかったのはあんこの存在(最後は氷になったけど)。食べ慣れてしまうとチョコレートよりも食べやすい(食べていることに対する罪悪感がないけれど、幸福感もそこそこという感じ)のと、あんこは中毒にはならなかった。というか、あんこを食べていると甘いもの自体あまり食べなくなるかもしれない。補助輪的な効果。

 

チョコレートを食べなくなって体重は減った。脂肪分の高い甘いもの自体を離れたせいか、全体的に痩せやすくなった気もする。気のせいかも。まあ痩せたのは事実です。1.5キロくらい。肋骨の隙間に指が入りやすくなった。その他ほかに変わったなあと感じる健康状態は特にない。

でも、案外あっさりやめられるものだし、ちょっと綺麗にうまくいき過ぎて嘘っぽくと思えてしまうほど、簡単に離れた。なんだろう、両極端という感じ。個人的な体感としては、チョコレートは中毒のときはチョコレートを食べないと死を感じるけれど、禁断症状を乗り越える期間がおどろくほど短いのと、禁断症状期間を超えると欲しさを全く感じなくなる。どころか味を忘れる。

 

 

 

ひとまずこんな感じでした。興味のある人はお試しください。少しくらい変化はあると思うので、試してみる価値はありです。

3万回/日の雑踏のなかに

ときどき、めちゃくちゃにカロリーの高いものや、ジャンクなものが食べたくなる日がある。

かと思うと、あと1週間は水と大豆だけで過ごしていきたいと思う日もある。

急にどこから湧いてきたのか思うほどの忙しさに包まれて、楽しい楽しいと毎日夢中で這いつくばっているうちはいいけれど、ある瞬間に、あわただしさの興奮や酩酊とは遠くはなれているように思われる生活の小さな凹凸に足をとられて転んで、ものすごく気分が落ち込むこともある。

 

赤信号だって踏切だって、人が死なないために作ってあるのだから、車や電車が通っていなければ渡っていいと思っているし、何も来ないのにぼけっと待っているほうが間違っている、と思う。生活も同じで、(これは決して刹那主義、快楽主義的な考えではなく、生まれてから死ぬまでという意味で)自分がハッピーにエキサイティングに過ごせればそれで一番いいわけで、だから、その実現のためにどんな手段を用いようとも、どんな経緯を辿ろうとも、他人にあまり迷惑をかけさえしなければそれでいいと思っている。もし自分があまりにもつらい現実にいじめられすぎて精神病になってしまったとして、でもその「精神病」と呼ばれる状態の中で、現実世界では実現できなかった幸せな夢と幻覚を見続けていられるのならば、わたしは死ぬまで精神病でいたい。それを健常者のひとが「かわいそう」「頭が少し変になってしまったんだ」と言おうとも、自分の手の内にあるあるものに納得ができていれば、それが一番ハッピーです。踊る阿呆に見る阿呆?ちょっと違う?でもわたしは踊っていたい。他人の踊りを見ることの阿呆は、どうしたって何か余計なことを喋りたくなってしまうこと。自分が踊ることの阿呆は、誰かに後ろ指をさされても気が付かないかもしれないこと。でも、いいじゃん。どっちも阿呆なんだから。盆踊りのうちわが高円寺の薄暗い高架下に打ち捨てられている午後9時。

 

アイスクリームかと思ったら、鉛筆で精巧に書かれたデッサンでした。その横にはスパナと、バスタオルがありました。形はもちろん、濃淡も陰も大きさもすべてが違うこれらですが、すべては、炭素で描かれて、すべては炭素に分解できます。これらは炭素でしかできておらず、炭素によってのみ紙のうえに存在し。

 

子供の頃は大人が怖くて仕方なかったけれど、成人して分かりました。大人は最初からこの世に存在しませんでした。

  

俳句は五七五。でも、両手で机をトコトコ叩きながら、そのリズムに合わせて「古池や 蛙飛び込む 水の音」と言うと、「や」のあとに3つの音が、「む」のあとに1つの音が、「と」のあとにも3つの音が隠れていることを知る。文字や声にならない音が、言葉の隙間にはたくさん隠れている。文字と文字、呼吸と呼吸の隙間が、俳句を俳句たらしめていることを知る。今から102年前の今日、森永ミルクキャラメルが初めて発売されました。

2015.06.02

 ほとんど塞ぎかけた二番目のピアスホールを触り、ふいにさみしさを感じた。鳥の声でかえって明瞭とさせられるしずかさが、身体の芯にひびいてくるような朝であった。

 二番目のピアスホールは、今から五年ほどまえ、高校二年生の終わり頃にあけたものであって、あけた理由はじつにくだらなかった。当時付き合っていた男の子がピアスを嫌がる人で、わたしにもっと女の子らしくあってほしいと思っていたものだから、それがどうにも癪に障って、ビクビクしながらひとつめのホールをあけたわずか数週間後に何のおびえもなく一瞬で簡単にあけたのであった。以来半年か一年にひとつのペースでピアスは増え続け、ときどきふさいだりまたあけたりを繰り返しながら、去年の春頃ようやく四つにおさまった。しかし、この二番目のホールはあけて五年も経つというのにどうしてもふさがりがちで、なんだかだんだんその女々しい感じが嫌になってきて、「そんなにふさがりたいのならふさがればいい」と、つい先週から16ゲージ1.2ミリのステンレス製の芯を突き刺しておくのをやめた。予想通り、三日目にして0.8ミリのピアスすら窮屈になり、一週間を経た今ではわずかな窪みがみとめられるだけで、ほとんど目立たなくなった。特にこのホールにだけ特別な思い入れがあるわけではないものの、わたしがピアスをあけるのはいつも、そのときに感じている息苦しさを痛みでつらぬいて逃してやるためであって、それは衝動よりもむしろ無意識の呼吸に近いものであった。その痕跡をこうして閉ざしていくことに、珍しくすこしのさみしさを感じた。

 今、二十一の自分が十六の頃の自分に「もう大丈夫」と言ってやることはできても、十六のわたしの絶え絶えの喘ぎ声は、この薄い皮膚と肉の貫かれたなかにずっと閉じ込められている。時間はすぐに五年十年二十年と経って、このピアスホールは跡形もなく時間の重なりに潰されてしまうだろう。耳もとで潰されてゆく色も形も名前もない息遣いを、わたしは幾つまで覚えていられるのだろう。

 いよいよ今日も朝日が昇り始めた。忘れてもいいこと、忘れてはならないこと、忘れなくてはならないことの脱皮殻が陽の光にきらきらと反射している。まぶさしを手のひらで追い払いながら、わたしは今日も黙って窓を開け放つ。

2015.05.30

 

アマゾン展に行ってきた。羽の生えた生き物とか、化石になってしまった生き物とか、地面を這いずりまわる生き物がたくさんいた。

 

なかでも個人的に興味深かったのは蝶々。モルフォ蝶や、透明な翅をもつものが標本にされていた。透明な翅は、人間が触れたらたちまちに指先の熱で溶けてしまいそうで、標本にされて匣におさめられてなお上から観賞用の光などをあてられていることが非常に乱暴な扱いである気さえした。それほどまでにこまかく、氷より透きとおっている。モルフォ蝶の翅はどんな素材でできているのか、まったく想像もつかなかった。サテン地のようであり、化学式の複雑な結晶のようであり、飛行船の布のようでもあり、鉱物のようでもあって、このなかに風を抱いてアマゾンの深い樹々のあいだをあちらこちらと舞っている姿は、神秘的であるというよりもこのうえなく官能的であるように感じられた。森で迷子になって疲れ果てた若い男の人の前にだけ現れて、その男をもっと奥深く森へ導いていってしまいそう。

蝶の標本が、鳥や翼竜類、その他昆虫などの剥製や化石や標本と並んでいるのを見て初めて気がついたのだけど、彼らの翅は飛ぶためあるのではないのかもしれない、と思った。今までわたしが生まれてから見てきた昆虫は、すべて翅を震わせて線状に飛ぶ。直線でも、ゆるやかなカーブでも、とにかく彼らには線状に飛ぼうという意思が見られる。それは鳥も(おそらく)翼竜類も一緒で、意味もなくふらふらと上下に飛ぶ鳥などは見たことがないし、いつも移動やエサを捕るために適した飛び方をしている。

けれど蝶は翅を震わせない。せわしなく動かすこともなく、かろやかな和紙のように風にふかれていったりきたりを繰り返す。キャベツの畑を低空でひらひらしているかと思えば、ときどき驚くほど空の高くまで飛んでいって、雲に溶けて見えなくなってしまう。飛ぶ、というより、それこそ「舞う」という表現がしっくりくるような。しかしそれならば、うつくしい翅などもたずに生まれてきても問題はなかったはずだし、どうしてあんなにうつくしいのかもよく分からない。サ行の「シ」の音だけが他のサ行の音と少しだけ違うように、蝶は他の昆虫に較べて少しだけ、違う気がする。昆虫はたいてい合理的で無駄のないフォルムこそがうつくしさの理由であると感じていたけれど、蝶の翅には、ほんのすこしの不合理や謎が混ぜてある。それがうつくしさのもっとも大きな理由なのかもしれないな、と思った。

翼竜類や虫と植物の化石にもどきどきした。骨はよけいに。この骨や翅や脚がどう動いていたのか想像するだけでも楽しい。生きているうちに自分の生の骨を見ることはまずない。まずないのに、自分の身体を動かすもっとも原始的な要素のうちのひとつで、死んだあとも土に埋もれてさえ永く永く残っている。何を食べていたかとか、何を考えていたかとか、内臓や精神はひとつも残らないのに、骨は一億年も残っている。形として、その生き物を精一杯主張しながら。

2015.05.22

 

昨日は珍しく、スターバックスの新作のフラペチーノを飲むなどした。

朝起きたときは別に飲みたいともなんとも思っていなかったのだけど、病み上がり以来初めてショートパンツをはいて脚を出して、新しいHARUTAの靴をおろしたもんだから、朝から気分ごとまるっと女子になってしまったのだ。

 

わたしの仲の良い友達にも「朝着る服で今日は『男する』か『女する』か決めるの」と言う人がいる。彼女は与えられた性別と期待される性別の間でときに激しくふるえたり揺れ動いたりしながら、自分自身と手を組んだり、あるいは邪険にしたりしながら、毎日性別を着せ替えて日々をわたっていく。彼女がわたしにその話をしてくれたのは初めて会った酒の席で煙草を吸いにベランダに出たときで、煙草を片手にその日完全に『女して』いた彼女は、暗い水の底に隠れたちいさな動物のような眼でわたしを見つめていた。

 

「わたしは、見る人がわたしを無限に解釈してくれるようにありたい。わたしは個体としてここにいるけれど、みんながわたしを勝手に解釈してわたしを好きなように受け取ってほしい。誰かに「これがわたしです」と差し出すのは自信がない。そういう意味では中性的かもしれない。けれどこうしてスカートもズボンも楽しめるし、お洒落の幅も広がるし、そういう機能的な意味では女でよかったと思っているよ」

 

そう、フラペチーノ。あれは過程の飲み物だね、と、公園の丸い岩のベンチに座りユニ子と笑った。フラペチーノを買うには、まずスターバックスに入るぞという気概とお金が必要だ。普段はスターバックスを使わないから。そしてレジの前で恥ずかしい長ったらしい呪文を唱えなくてはならない。「あの、新しく出たイチゴのやつをひとつ」なんて言おうもんなら、店員に優しく呪文返しをされて居た堪れない思いをする。そして出てきた飲み物を受け取り、友達と一緒に写真を撮ってSNSにアップロードする。一緒に飲むのが彼氏の場合は、さりげなく奥側に異性がいることを感じさせるのがポイント。こうしてフラペチーノは完成する。SNSにアップロードするところまでがフラペチーノ。過程を踏まなきゃ飲めないのがフラペチーノ。