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羊とメトニミー

伏流水のなかに棲んでいる

虹色の魚

 

 

その昔、母がわたしに国立の小学校を受験させようとしていたことがあった。

 

もう17年も前のことだけれど、受験のことも含め、今でもその当時のことを鮮やかに覚えている。お隣の社宅棟に住んでいたナオくんと近所のくもん教室に毎週通っていた。くもん教室は広い社宅の棟を抜けた、家から歩いて15分程度のところにあって、ナオくんと並んで小さな動物たちの物語を読んでいた。

 

ある日、母が少しよそ行きの格好をして、わたしを連れて電車に乗った。わたしも、いつもの泥まみれの短パンとTシャツではなく、少し可愛いワンピースを着させてもらった。

電車に乗ってどれくらい経ったか、駅前に丸い噴水のある、そんなに大きくない駅に着いた。噴水の周りには鳩がたくさんいて、建物はすべてジャングルの木のようだった。

 

少し歩いて、階段を登った気がする。明るい感じの部屋の中に、同じくらいの年齢の子たちがたくさんいた。

その頃からわたしは、自分と同い年の見ず知らずの人たちの群れに放り込まれると緊張して体がこわばってしまう癖がある。周りの子たちは打ち解けて騒いでいるのに、わたしはひとり前を向いて、感じの良さそうなニコニコした女の人が立っているのを黙ってじっと見ていた。

 

(あの人はきっと先生)

 

(りょうまくんのママに少し似てる)

 

そこはきっと、同じように国立の小学校を受験する子たちが集まる模擬試験会場だったのだと思う。正確なことは今でも分からない。ニコニコした女の先生がわたしたちにおもしろい形をした積み木ブロックや短い棒、丸がたくさん書かれた紙なんかを渡して、色々なことをさせた。ブロックを3つ使ってこの形を作ってみましょう。右に置いた棒と左に置いた棒、多いほうと少ないほうはいくつ違いますか?この3つのつながった丸に線を2本書き足して、おだんごが串に刺さっているところを書いてみましょう。

 

最後に、一枚の魚の絵が配られた。魚は真っ白だった。

先生は言った。

 

「このお魚に色を塗ってみましょう。みんなが好きなように塗っていいんですよ」

 

そのとき、わたしは少し困ってしまった。その頃の自分は、「好きなようにしていい」という言葉が何より嫌いだった。怒った母がよく使う言葉で、見放されているように感じるからだ。「好きにすれば」と言われてしまうと、どうやって相手の怒りをおさめるか、というのがわたしにとってのすべてになってしまうのだ。

 

(好きなように、っていうことは、ふつうの青や黒っぽい色にお魚を塗ってはいけないのかもしれない。ふつうすぎて怒られるかもしれない。好きなように、って言われても、わたしはマグロが大好きで、マグロの色は、赤。でも、赤いお魚なんて見たことない。でも、好きなように塗っていいなら、いいのかもしれない。あ、でも、隣の子が全部赤に塗っている!同じ色で塗ったら、怒られるのかな。好きな色なんて、お魚の好きな色なんて、みんな、あるのかな)

 

 

そう思ってわたしは、魚を虹色に塗った。ピンクや水色や黄色をはしっこから丁寧に、丁寧に塗った。

全員が塗り終わったあと、みんなの絵を先生が前に貼った。みんな青や黒、赤、水色など一色で塗られた魚の群れのなか、虹色の魚だけが目立っていた。楽しそうな虹色。

うしろでたくさんの母親たちがそれを眺めていた。そのとき母を振り返らなかったけれど、どんな顔をしていたんだろう。

 

 

「皆さん、綺麗に塗れましたね。このお魚は特にきれいですね」

 

と先生は言って、何か単色で塗られた一枚の魚を指さした。

 

「色を塗るときはこのように、縁をきれいになぞってからクレヨンにあまり力をかけないで塗るようにしましょうね。みんなが受けるテストでは、そうやって綺麗に塗れることが一番大事なのです」

 

わたしの虹色の魚は、縁から散々に水色や黄色がはみ出ていて、遠くから見ると小さな爆発を起こしているようだった。

 

単色の魚の群れのなか、虹色の爆発を、恥ずかしいとも、特別すごいとも思わなかった。ただわたしは、先生が怒らなかったのでほっとしていた。虹色の魚は返してもらえなかった。先生はすべての魚を集めると、どこかへそれを持っていってしまって、それっきりあの魚には会えなかった。

 

帰り道、駅前のパン屋で買ってもらったクロワッサンを食べた。母は電車のなかで黙っていた。家に帰ってから一言、「チカちゃん、お魚はふつう青いよね」と言った。わたしは「分からない」とだけ答えて、お気に入りのクッションを抱いて、くもんの宿題を読んだ。

 

その後、ガラガラと廻す抽選にどうやら外れたらしく、国立の小学校には行かないことになった。試験さえ受けさせてもらえなかった。

わたしは今でもあの虹色の魚を塗ったときのクレヨンの感触も、先生に怒られないかとドキドキしながら隣の子の魚をそっと盗み見たことも、覚えている。クレヨンで綺麗に何かに色が塗れるようになったのは、中学生になってからのことだった。