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ミケル・バルセロの話

初台のオペラシティアートギャラリーで開催しているミケル・バルセロの展示へ。恩師の先生がカタログの論文を翻訳しているとのことで、チケットをいただいた(先生、ありがとうございます)

ミケル・バルセロ展 | 東京オペラシティ アートギャラリー | 美術館・展覧会情報サイト アートアジェンダ

※ 以下、展示写真や内容のネタバレあり。撮影OKの展示で写真を撮ることはあまりなかったけれど、今回の展示は大変気に入ったのでいつもよりかなり多く撮った。

 

展示に触れた数時間で、バルセロのことがとても好きになった。彼の作品はどれも生命力の瑞々しさに満ちている。この感想を書き終えてから美術手帖のバルセロ展の紹介を読んだら「生命力」とか「瑞々しさ」という言葉が何度か出てきていて、ああ、やっぱりそうだよなあという気持ちと、先を越されたようでほんのり悔しい気持ち。

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今回一番好きだった作品のひとつ。よく見るとたくさんの動物がいる。「たしかに食卓ってこういうことだよな」と思い出す。色遣いやタッチの激しさにより一瞬グロテスクに感じられるかもしれないが、実物は大きな宗教画のようで、ずっと見ていると心がしずかになる。

バルセロの作品からは、命に対する彼の深い敬愛を感じられる。対象にまなざしを向け慈しむような愛し方ではなく、彼自身がそのなかに飛び込みともに燃えるような、そういう愛し方をしている思う。

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バルセロは絵画のほかに陶器や彫刻も作る。「人間は土から生まれて土にかえる。だから僕は土を使って陶器を制作することがとても好きだ」というようなこと(うろ覚え)を言っていて、やっぱりこの人は、命というものに強く惹かれているのだなと思った。

陶器もよかったが、バルセロの彫刻がとても好きだ。削り出されたそれはたしかに命をかたどっていて、粗く、やわらかい。触れれば揺らいで崩れそうな、それでいて、目に見えるかたちを失ったときに初めてその命のかたちが顕れるのではないかと思われるような、不思議な魅力を湛えている。

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カピロテ山羊が好きすぎて持ち帰りたくなった。
人間の罪を背負わされているのか、それとも彼は人間なのか。

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バルセロは創作物に対してかなり自由にいろいろなことをやっている。たとえばこれは一見平面に見えるが、魚の部分だけ油絵具と繊維を混ぜて立体にした作品。魚が強調されることで、水面の存在感がより強まる。

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ほかにも、キャンバスから太く長い木の棒が突き出ていたり、砂と小石の上に絵具が重ねられていたりと、アイデアにあふれた作品が多い。なかには、滑車で吊るして面を床向きにし、キャンバスに粗い繊維を混ぜた油絵具で描くことで見る位置によって表情が変わる作品なんかもあった。解説を読むたびにチャレンジ精神とアイデアの方向がすごすぎて笑ってしまう。「とりあえず思いついたことは全部やる」「試行錯誤のなかから水脈を見つけ出し、自分の正解へと近づけていく」みたいな彼の姿勢がとても好きだ。バルセロのアトリエには、日の目を見なかった作品の赤ちゃんたちがものすごい量の積み重なっていそう。

 

彼の創作活動は身体性と深く結びついている。映像で流れていたためここに資料はないが、たとえば横は100メートル越え、縦は脚立を立てないと届かないほどの高さの窓いっぱいに茶色の絵具を塗りたくってモップで絵を描き、窓を透過する光をアートにしたり、厚い粘土の壁をキャンバスにして、棒で殴ったり全身で突っ込んでいってめちゃくちゃにしたりする(最後は貫通して壁の向こうに落ちて消えていった)(なんなんだ)。バルセロの制作は、遊んでいるようで、踊っているようで、ときとして歌っているようでもある。あの運動の過程と集積から彼の作品が生まれるのは、なんとなく腑に落ちるところがあった。

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若かりし日のバルセロはめちゃくちゃカッコいい(いまもカッコいいです)

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2階の展示は水彩画やポートレートが中心。アフリカで描かれた水彩画がどれも好きだ。色使い、コントラスト、絵具の滲みを主に構成されたそれらは、写実的な絵画よりもずっとその土地の空気を感じさせる。

なんだろう。バルセロは、絵具ひとつ、粘土ひとつで、その作品が置かれる場の空気を変えるのがものすごくうまい。そういう意味で、彼の水彩画と彫刻の作りは少し似ているかもしれない。

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もうひとつ強烈に目を惹いたのが、展示の最後のあたりに並ぶこのシリーズ。バルセロの作品に重なる命のイメージが真っ直ぐ飛び込んできて、彼の愛が、見る側の身体の奥底で深く鳴るような心地がする。

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この展示を見に行った数日後に山に登りに行った。
木々や土に触れるたびに、作品をたくさん思い出した。

総じて、すばらしい展示だった。灯火に燃える火を分けてもらったような体験だった。作品からその作家を好きになることはこれまでそう多くはなかったけれど、バルセロのことをもっと知りたい。会期中にもう一度足を運んでみようと思う。