きみのお祭り

死ぬまで盛り上がっていけ

ねこおじさんが行方不明

そのおじさんは、いつもベンチに猫を置いている。だからねこおじさん。愛称は「ねこおじ」。

ねこおじさんは、たぶん還暦を過ぎたくらい。小柄で、黒いぶかぶかのウィンドブレーカーを着て、両手をポッケに突っ込んで、近所の公園のベンチに毎日いる。人相はあまりよくない。顔色もあまりよくない。

そのベンチには、座面を3等分するように手すりがついている。ねこおじさんは、毎日ベンチの真ん中に猫を置いている。猫を近くで見たことはないから、どんな猫かはよくわからないけれど、けっこうな大きさで、黒と茶色が混ざったような色をしていると思う。ねこおじさんは、ペット用の丸い布ベッドをベンチに敷いて、そのうえに猫を置いている。猫はもちろん生きている。が、起きているところはあまり見たことがない。たいていは寝ている。おじさんはその猫の横に座って景色を眺めたり、ベンチのそばに立って煙草をふかしたりしている。

ねこおじさんは、ベンチでときどき誰かと話している。車椅子に乗った人や、子連れのおかあさんと話しているのなんかも見たことがある。ねこおじさんと話す人々は、猫を撫でたり、置かれた猫を挟んでねこおじさんとストゼロを飲んでいたりする。ねこおじさんはだいたい一人だが、彼と話すことを楽しみにしている人はそれなりにいるようで、同じ顔を何度か見かけた。ねこおじさんの声は知らない。

ねこおじさんは自転車を持っている。ベンチの前にいつも停めていて、大きなカゴがついている。荷台にくくりつけられた四角くて黒いバッグの中に、おそらく猫のお世話グッズがあれこれ入っているのだと思う。ねこおじさんがその自転車をこいでいるところは見たことがない。

ねこおじさんの朝は早い。本当に早い。以前、登山に行くために朝4時に家を出たとき、ねこおじさんはすでにベンチに猫を置いていた。そしてねこおじさんは夜も遅い。飲みすぎて帰りが0時を回った日、公園を通ったら、やはりねこおじさんはいた。変わらず猫を置いていた。ねこおじさんは公園に住むホームレスなのかとも思ったが、ホームレスにしては生活道具を持たなすぎる。いつも同じウィンドブレーカーを着てはいるが、汚れている感じもしないし、公園に遊びにくる人々とふつうに毎日話をしている。公園の滞在時間だけ見ればホームレスだが、ねこおじさんにはどこかちゃんとした生活感がある。

 

そのねこおじさんが、行方不明になった。もう2週間くらいになるだろうか。

その日わたしは、何人かの警察官がねこおじさんのベンチを取り囲んでいるのを見た。急いで駅に向かう途中だったので、何が起こっているのか詳しくはわからなかったが、何やらよくない雰囲気であった。ねこおじさんとよく話している車椅子の人が、「この人が何をしたっていうんですか」と言っているのが聞こえた。それにかぶせるように、警察官の一人が、「いや、良い人かどうかってことは問題じゃないのよ」と言ったのも。ちょうど選挙のポスター看板に隠れて、ねこおじさんの姿も、猫の姿も見えなかった。

その日の帰り、公園を覗いたら、ねこおじさんはいなかった。その次の日も、そのまた次の日も、ねこおじさんは猫を置きに来なかった。

そのうち、猫が置かれなくなったベンチには、ウーバーの配達員や子どもたちが座るようになった。ねこおじさんは、今日も猫を置きに来ない。車椅子の人も、ストゼロを片手に持ったおじさんも来ない。

いつかまたあのベンチに、夜明け前から猫を置きに来てくれるだろうか。もしまた猫を置きに来てくれたら、模様くらいは覚えておけるくらいの近さで猫を見せてもらおうと思う。