汽水域

海水と淡水のあいだ

主訴「痛み」での緊急搬送

深夜2時に救急車で搬送された。ここ数日どうにも内臓や全身が痛く、立ったり座ったり寝たり起きたりだましだましやっていたが、昨晩の深夜過ぎにいよいよ眠れないほどの激痛になり呼吸も怪しくなったので、救急相談センターに相談したところ、即救急車となった。

とにかく全身が痛い。筋肉も関節も痛く、数日前は加えて胃腸が、昨晩はあばらの内側が痛くてのたうちまわっていた。食欲もなく、しかしその割に嘔吐や下痢はなく、ただ全身に激痛が走っている。痛みには波があり、熱も出たり出なかったりだが、高くても37度程度で、PCRも受けたが陰性だった(余談だがこの24時間で2回の抗原検査と3回のPCRを受けた。鼻の奥に綿棒を入れるのはうまい人とそうじゃない人がいるとよくわかった)

搬送先で血液やら心電図やら一通りの検査を受け、医師3名にあれこれと色々聞かれ、ひとつひとつにできる限り正確に答えたが、所見では異常なし。主訴が「ときどき移動もする全身のひどい痛み」であることに、彼らも困っていた。爪先から頭まで身体中を押されたりさすられたりしながら、「ここは痛いですか」「これはどうですか」と聞かれ、「ズキズキ痛いです」「あまり変わりません」などと答えるごとに、ああ、痛みというのはむずかしいものなんだなあと実感した。

「痛み」はどこまでも主観だ。血を採ったりレントゲンを撮ったりして出てくるのは数値や影などであって、「痛み」ではない。数値や影といったかたちで表れる「異常」には対処できても、それらに表れない、けれども確実に存在している「痛み」はどうしようもないのだな、と思った。

結局、「ひとまず今すぐに手術をしなければならない緊急性の高い病気ではなさそうなので、対処療法として痛み止めを点滴する。なるべく早く再受診して別の検査をするように」と言われ、早朝に帰宅した。痛み止め点滴はすばらしく、入れて数十分後には嘘のように全身が楽になった。この数日、痛みでまともに眠れておらず、夜間日中問わず痛みの波の隙間で数十分まどろむ程度だったので、本当にありがたかった。帰ってきて、少し寝て、起きて、ご飯を食べたら痛み止めの効果が切れてきたので、慌ててバファリンを買いに行き、今はバファリンのおかげで何とか普通に座っていられる。鎮痛万歳。「バファリンの半分はやさしさでできている」というフレーズが一時流行ったが、本当に「痛み」をやわらげてくれる、という意味では、あながち間違いではないと思った。病院には、明日行く予定。

それにしても、深夜2時にもかかわらず1時間近く根気強く搬送先を探してくださった救急隊員の皆さま(主訴が難しいせいか5つの病院に断られた)(そして搬送先5つに断られると「東京ルール」というルールに則って、最寄りの「最後の砦」とされる頼れる大病院に搬送されるらしい)、搬送先で丁寧にさまざまま問診や検査をしてくださった医師や看護師の皆さまには本当に感謝しかない。彼らは、原因不明の痛みがもたらす不安についてもよくわかったうえで接してくれた。

そして、真夜中に救急車を呼び大病院で一通りの検査と診療と処置を受けたにも関わらず7000円で済む健康保険制度にも深く感謝している。普段真面目に税金と社会保険料を納めていて本当に良かったと思うし、わたしの納めたそれらが同じような思いをしている人に使われるのであれば、それは本望だなと感じた。